中村明氏が一昨年開かれた奈良毅先生の講演会の講演資料の中でご紹介された著書の内容と、同氏の友人が新聞の「新刊紹介」用に準備した記事を紹介します。ご高覧下さいませ。西海出版へのご注文は 電話03−3687−0655、FAXは03−3279−2138です。送料は無料です。(返信1)「私は「戦後政治にゆれた憲法9条」(中央経済社)に続き、「象徴天皇制は誰がつくったか」というタイトルの本を著しました。二冊の本を書き上げた後、私は戦後の日本を日本国たらしめているのは憲法の「第一章」と「第二章」ではないかと考えました。つまり、政治秩序の形象としての象徴天皇制と民主制の併用という制度を採用し、国防の原則としては平和主義を世界に向かって発信する「憲法第9条」を固く守っていることではないかと考えました。それが日本の外面の原理の根幹であるならば、戦後日本の内面の原理、つまり「日本人のアイデンティティ」とは一体何だろうかと考えま
した。戦後日本の外面の原理と内面の原理が国民に深く理解されれば、それを踏まえての日本の針路は自ずと決まってくるだろうと思ったからです。戦後日本の内面の原理は何か、をテーマに取材を続け、事実を積み重ねていく中で、一つの結論にたどり着き、「日本人のアイデンティティ」論としてまとめたのが、「技癢の民(ぎようのたみ)―(日本人のアイデンティティ)」(西海出版)です。それが的を射たものであるかどうかは読者の判断を仰ぐだけですが、私にはこの結論に密かな自信があります。「日本人のアイデンティティ」についてはこれまでも多くの考察がなされていますが、一つの概念で示されることはありませんでした。そこで私は具体的な人物や客観的な事実を提示しながら「日本人のアイデンティティ」を一つの概念で表現してみようと考えたのです。この本の中で、奈良毅・東京外語大名誉教授の哲学体系を結語としながら、「日本人のアイデンティティ」を顕著に発揮
し、前人未到の業績を打ち立てた方々に登場してもらいました。ここでは、お二方を紹介させて戴きます。一人は、世界的な脳医学研究者・角田忠信・東京医科歯科大名誉教授と、もう一人は、歌人の宿谷睦夫・千葉日本大学第一高等学校教諭です。
角田博士は日本人を日本人たらしめている脳の働き、特に6歳から9歳の間に日本語の言語環境の中で育つと、脳幹のスイッチ機能の形成に大きな違いをもたらすことを発見された方ですが、本著ではその学説の概略を紹介させて戴きました。
宿谷氏は日本の伝統和歌を英訳するばかりでなく、在原業平の「唐衣着つつ慣れにし妻しあれば遥々来ぬる旅をしぞ思ふ」で有名な折句を、日本語では元より英語でも創作し、米国でその折句集「英語折句百人一首(100 tanka-acrositc poems for 100 people)」を出版されました。57577の音節を厳密に守った短歌の形式で英語折句を詠んだ詩人は歴史上宿谷氏が始めてのことであります。英国詩人カーカップ氏は、この形式を「短歌ロスチック」と命名し、宿谷氏にその創始者の名誉を与えました。本著の中で私は、奈良先生の哲学体系を「今、日本人にとって大切なものは何か」の結語と致しました。奈良先生は誰でもが理解出来る言葉でその哲学体系を述べておられます。本著では、奈良先生がこれまでに講演や講話、インタビューや論説やエッセー等で述べられてきた含蓄あるお言葉を整理し、体系化してみました。この結語を読むことによって、これから21世紀を成功裏に生き抜こうとする
人々、特に若い人々にとって大いなる人生の指針となるものと思っております。
「日本人のアイデンティティとは一体何か」を国民の一人ひとりが、とりわけ、日本の明日を担う若者たちが「概念」として明確に認識することになれば、生き方は一段と積極的で洗練されたものになると思います。私はこの書を若者たちへの応援歌として書いたつもりです。日本の未来、世界の未来を真剣に考える人にとって、座右の書となれればこれに尽きる幸いはありません。」(奈良毅講演資料より)
(返信2)「本書の帯に「平成の奇書」とある。元共同通信社記者の著者は好奇心旺盛で、東西ドイツ、ソ連、中国、台湾、フィンランド、ポーランドなどを訪れて、各民族のアイデンティティーを探ってきた。「日本人のそれは何か?」と考えた末、「技癢」という漢語に行き着く。森鴎外が小説「ヰタ・セクスアリス」で使っている言葉だ。「他人のするのを見て、腕がむずむずすること。自分の技量を示したくてもどかしく思うこと」(広辞苑)という、この耳慣れない言葉をキーワードに、聴覚から脳の言葉のメカニズムを知り、人間の本質を探ろうとする角田忠信・元東京医科歯科大学名誉教授、狩谷斎の文献学を発展させることに情熱を注ぐ梅谷文夫・一橋大学名誉教授、政治の道具にならず、筋の良い憲法九条解釈を追求する内閣法制局、シルバーエイジの人達でレーザ光を活用して新商品を開発する軽部規夫氏ら各階各層の人を取り上げ、日本人のアイデンティティは技癢であることを論証しようとしている。その思索の広がりに少し圧倒される。文字通りの奇書、希書だ。
紀貫之は「古今和歌集」の序文の中で「花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、歌を詠まないわけにはいかない」という内容のことを言っております。自然に対しての感動や感謝、さらには自然への賛美や賞賛、又その栄光を称える気持ちを言葉にしたものが歌になっていくのです。「万葉集」の中には短歌ばかりでなく、二百五十首を越える長歌が掲載されております。佐々木信綱は著書「歌のしおり」の中で、「歌は人の想ひより出るものなれば、想ひ余りある時は自ずから長くもなりゆくものなり。長歌は人の長き想ひを連ねたるものなり」と述べております。日本の歌の歴史を振り返ってみますと、「古今集」には「万葉集」の中にはあった長歌がすっかり姿を消しております。そして、室町時代になりますと、歌の主流は俳諧連歌へと移っていきます。そして、松尾芭蕉によって俳諧連歌の発句を独立させて、俳句が誕生していきます。今や日本の俳句人口は一千万人とも言われております。この詩歌形式の変遷は何が原因しているのでしょうか。それは佐々木信綱が「歌のしおり」の中で「長歌は人の長き想ひを連ねたるものなり」と述べているように、人の自然に対する想ひ、つまり自然に対しての感動や感謝、さらには自然への賛美や賞賛、又その栄光を称える気持ちが萎えてきてしまっているということだと思っております。明治時代、西洋の詩歌の影響を受けて島崎藤村は、万葉時代にあった長歌形式に準えた「千曲川旅情の歌」を作りました。私の長歌も「自然に対する長き想ひ」の復活に繋がればと思っております。前号の冬至号にて触れましたが、本号では一人四句の即興片歌折句集の第一号を掲載しました。しかも、「万葉集」の中に出てくる長歌の形式に準えてみました。今まで掲載してまいりました長歌は全て、長歌の後の反歌が短歌一首だけになっておりました。「万葉集」の中に出てくる長歌の後の反歌は短歌が四首も続くものがあります。柿本人麻呂の「東の/野にかぎろひの/立つ見えて/かえりみすれば/月傾きぬ」の歌も実は、長々と続
いた長歌の後の四首の反歌(短歌)の内の一首なのです。今回私がご紹介する形式は十七行(句)の長歌の後に、四句の片歌を配置してみました。この片歌折句集の最初を飾るのは、私が最初に折句を詠むようになった愛子内親王への歌です。
「技癢の民」―日本人のアイデンティティ(まえがき)
「戦後政治にゆれた憲法九条」を上梓した後、私は一九四六年の制憲議会の会議録を材料に「象徴天皇制は誰がつくったか」を世に問うた。二冊の本を書き上げた後、私は戦後の日本を規定しているのは憲法第一章と第二章ではないか。つまり、政治秩序の形象として象徴天皇制と民主制を併用し、国防の原則としては平和主義を世界に向かって発信する憲法9条を固く守っていることではないか、と考えた。
それが日本の外面の原理の根幹であるならば、戦後日本の内面の原理、つまり日本人のアイデンティティとは一体何だろう。戦後日本の外面の原理と内面の原理が国民に深く理解されれば、それを踏まえての日本の針路は自ずと決まってくる。戦後日本の内面の原理は何か、をテーマに取材を続け、事実を積み重ねていく中で、一つの結論にたどり着いた。それが的を射たものであるかどうかは読者の判断を仰ぐだけだが、私にはこの結論にひそかな自信がある。戦後の一時期、大抵の日本人は「自分とは何か、自分はどこに所属しているのか、一体何をしたいのか」という生きる目標や、目的意識を欠いたまま、ただ生きるために生きていた。が、一九六四年に海外旅行が自由化され(同年の日本人出国者数はわずかに十二万七千七百四十九人)、一九九〇年になると一千万人を超える人々――二〇〇一年には千六百二十一万五千六百五十七人――が観光やビジネスなどで海外に出かける頃から、欧米諸国
の街や人、商品、文化や暮らしぶりを自分の目で見るようになり、日本人にはノーベル賞などを受賞する傑出した人間は少ないが、恐らく民族としての総合力では世界で一,ニ位を争う優秀な種族ではないかと思い始めている。街の電気屋やカメラ屋の高級品コーナーに並ぶテレビ、ビデオやカメラ製品はすべて日本製であり、日本の自動車はどこの国でも「壊れない」と人気が高い。オフィスには日本製のファクス、パソコンやコピー機があり、工場を訪れる機会のあった人たちは、日本の工作機械のオンパレードを見ることになり、日本企業が各国に進出し、現地で高い評価を得ていることを知るとみなわがことのように顔をほころばせる。こうした工業製品を作るためには、精密な部品が必要であり、その精密な部品をつくるためには鉄鋼、非鉄金属、石油化学工業が高度に発達していなければならないことなどに思いをめぐらすと、こうした素材産業の分野には優秀な日本企業が目白押しであることに気付き、「ものづくり日本」の底力に胸が熱くなったりしている。二〇〇五年春、姪の結婚披露宴に出席するため台湾の中の中信大飯店を訪れたとき、戦前の国民学校で日本語教育を受けたという老婦人(一九二八年生まれ)と隣り合わせになった。花蓮に住むという老婦人は流暢な日本語で、「日本人の先生は『愛に国境はない』と言っていました。これも何かのご縁ですね」と話しかけてきた。そして「日本のテレビを毎日、見ています。朝のNHKの連続テレビ小説とお相撲は必ず見ます」「日本人で台湾の国民学校を卒業した人たちは懐かしがってみな台湾に来ます」「戦争で日本は滅茶苦茶にされたのに。戦後の日本は大変な努力ですね」などと話した。恐らく、こうした出会いを多くの日本人が体験し、誰もが口にこそ出さないが、日本民族が総体としてかなり優れていることを事実として受け止め、自分もその民族の一員であることに対する密かな自信と誇りを感じているように思える。アイデンティティという言葉の定義については、本文の中で触れるが、
日本人ばかりでなく、ポーランド人やフィンランド人、ドイツ人など世界各国にはそれぞれいろいろな考えや志向性を持った人々がおり、それらの人たちを一括りにして「ポーランド人のアイデンティティはこうだ」というように概念として学問的に正確に論証することは難しい。
しかし、いわゆる国民国家の中で大抵の人は、同一の言語を話し、その言語によって育まれた文化と歴史を共有し、「自分の存在意義は何か」「自分の人生の目的は何か」などについて考えながら自分の生きざまを検証している。誰もが国家の一員としてのアイデンティティと言われるものを持つ条件の中にあると言っていい。恐らくどこの国の人々も、自らのナショナル・アイデンティティとは何かを強烈に意識しているとは思えないが、それぞれの人がその国に所属することについての誇りや意義、喜びや悲しみを感じながら生きている。
それは常に周りにいる他者を意識したもので、結果として倫理性の高い心のありようを模索している。それは長い歴史の中で育まれた一つの肯定的で崇高な国民気質のように思える。国民性や民族の特性を敢えて「一言で言えばこうだ」と言えるものがあるように思う。
日本人のアイデンティティについてはこれまでも多くの考察がなされているが、一つの概念で示されることはなかった。そこで私は具体的な人物や客観的な事実を提示しながら日本人のアイデンティティを「技癢」と表現してみようと考えた。「日本人のアイデンティティとは一体何か」を国民の一人ひとりが、とりわけ、日本の明日を担う若者たちが「概念」として明確に認識し、誰もがその道のエリートになれることが分かれば、生き方は一段と積極的で洗練されたものになる。私はこの書を若者たちへの応援歌として書いた。この本を出版するに当たっては、奈良毅・東京外語大学名誉教授、角田忠信・東京医科歯科大学名誉教授ら多くの人たちからの温かい協力と励ましをいただいた。西海出版社の小川雅子さんはこの本の編集などについて終始細かな心配りをしてくださった。皆さんに心からの感謝を申し上げます。緑立つ二〇〇七年三月末日 中村
明
【技癢】他人のするのを見て、腕がむずむずすること。自分の技量を示したくてもどかしく思うこと(広辞苑)
平成二十年一月一日(月)旧暦霜月二十三日(元旦)
即興折句集(四七)(片歌編)一
@愛子内親王殿下に詠める片歌
あめやみて As soon as the sun
いづるあさひに rises after the rain stops,
ことりなきそむ(春)the birds begin to sing out.
(雨止みて/出る朝日に/小鳥鳴き初む)
あめあがり The moon has risen
いづるやつきの over the trees this evening
こずえはるけき(夏)after the shower has stopped.
(雨上かり/出るや月の/梢遥けき)
あさがほや The dew drops upon
いづるかぜにぞ the morning glory petals
こぼるあさつゆ(秋)have fallen in the cool breeze.
(槿や/出る風にそ/零る朝露)
あおぞらに When I look up at
いづるしらくも the sky, doves fly to and fro
こばとまへばや(冬)and small clouds have come out.
(青空に/出る白雲/小鳩舞へはや)
A恭子様に詠める片歌四句
きみまてば While I wait for you,
よもしらみゆき the day seems to have broken
うぐひすのこゑ(春)the warblers begin singing.
(君待ては/夜も白みゆき/鶯の声)
けさみれば I wake up to find
ふくかぜゆする lilies fluttering calmly
このゆりのはな(夏)in the cool bleeze this morning.
(今朝見れは/吹く風揺する/この百合の花)
けだかくも The wild geese have gone
ふじのしらみね beyond Mt. Fuji’s far peak
こゆるかりがね(冬)completely covered with snow.
(気高くも/富士の白峰/越ゆる雁音)
けさみれば I wake up to find
ふるゆきさやか the snow falling silently
このふゆののべ(冬)this early winter morning.
(今朝見れは/降る雪清か/この冬の野辺)
Bともこ様に詠める片歌四句
とりはなき Birds sing merrily
もゆるわかばに on the plain, where the green grass
こゑひびくのべ(春)comes out freshly this morning.
(鳥は鳴き/萌ゆる若葉に/声響く野辺)
ことりなき I enjoy meeting
くさもゆるのべ you early this spring morning,
きみやことほぐ(春)on which the grass is freshened.
(小鳥鳴く/草萌ゆる野辺/君や寿く)
とりうたふ The birds sing clearly
もりのべのそら high in the sky this morning
こゑやさやけし(春)over the deep, deep forest.
(鳥謡ふ/森辺の空/声や清けし)
ことりなく When I hear the birds
もゆるくさむら in the bushes with fresh leaves,
とほきおもひで(春)it reminds me of my childhood.
(小鳥鳴く/萌ゆる草叢/遠き思ひ出)
C春美様に詠める片歌四句
はなはちり Although blossoms are
はるくれゆけど fade on a late spring day
かすみたつのべ(春)the mist still hangs on the plain.
(花の散り/春暮れ行けと/霞立つ野辺)
はなさかる On Sagano plain,
はるのさがのべ where the cherry blossoms are
かすみたなびく(春)in full bloom, the mist rises.
(花盛る/春の嵯峨野辺/霞棚引く)
はなかをる When I look upward
ふるさとののべ from the plain in my village
みゆるふじのね(春)Mt. Fuji’s peak can be seen.
(花薫る/故郷の野辺/見ゆる富士の嶺)
はばたくや The wild geese have gone
はるくるゝそら away to their own country
かりみゆるよは(冬)high in the sky this evening.
(羽翼くや/春暮るゝ空/雁見ゆる夜半)
即興折句集(四七)片歌編 by Mutsuo Shukuya
@「若葉に鳥の鳴き謡う声」
雨止みて あめやみて
故郷の野辺 ふるさとののべ
春立ては はるたてば
影も明るく かげもあかるく
― ―
出る日に いづるひに
青葉若葉の あおばわかばの
萌え初むる もえそむる
木々に小鳥の きぎにことりの
― ―
声清か こゑさやか
故郷の野辺 ふるさとののべ
訪へは おとのへば
木々に萌え初む きぎにもえそむ
― ―
さ緑の さみどりの
若葉に鳥の わかばにとりの
鳴き交ひて なきかひて
空見上くれは そらみあぐれば
― ―
舞ひ昇り行く まひのぼりゆく
反歌 はんか
雨止みて あめやみて
出る朝日に いづるあさひに
小鳥鳴き初む ことりなきそむ(春)
雨上かり あめあがり
出るや月の いづるやつきの
梢遥けき こずえはるけき(夏)
槿や あさがほや
出る風にそ いづるかぜにぞ
零る朝露 こぼるあさつゆ(秋)
青空に あおぞらに
出る白雲 いづるしらくも
小鳩舞へはや こばとまへばや(冬)
平成十九年十二月四日(火)
愛子内親王
A「鶯鳴くや春の曙」
君待ては きみまてば
故郷の野辺 ふるさとののべ
春立ちし はるたちし
空白みゆき そらしらみゆき
― ―
夜は明けて よはあけて
遠近の庭 おちこちのには
梅の花 うめのはな
咲き綻へは さきほころべば
― ―
鶯の うぐひすの
もとかしくもや もどかしくもや
鳴きあかす なきあかす
春の曙 はるのあけぼの
― ―
声清か こゑさやか
やかて日は落ち やがてひはおち
夕闇の ゆふやみの
迫れと梅の せまれどうめの
― ―
香やは隠るゝ かやはかくるゝ
反歌 (はんか)
君待ては きみまてば
夜も白みゆき よもしらみゆき
鶯の声 うぐひすのこゑ(春)
今朝見れは けさみれば
吹く風揺する ふくかぜゆする
この百合の花 このゆりのはな(夏)
気高くも けだかくも
富士の白峰 ふじのしらみね
越ゆる雁音 こゆるかりがね(晩秋)
今朝見れは けさみれば
降る雪清か ふるゆきさやか
この冬の野辺 このふゆののべ(冬)
平成十九年十二月四日(火)
恭子様
B「雪降る如く舞ふや花弁」
訪へは早や とへばはや
若草萌ゆる わかくさもゆる
故郷の ふるさとの
野辺に鳴き交ふ のべになきかふ
― ―
諸鳥の もろどりの
いと爽やかな いとさはやかな
如月の きさらぎの
春の曙 はるのあけぼの
― ―
声響く こゑひびく
故郷の野辺 ふるさとののべ
春暮れて はるくれて
淡紅の うすくれなひの
― ―
櫻花 さくらばな
一叢風の ひとむらかぜの
吹き初めは ふきそめば
雪降る如く ゆきふるごとく
― ―
舞ふや花弁 まふやはなびら
反歌 はんか
鳥は鳴き とりはなき
萌ゆる若葉に もゆるわかばに
声響く野辺 こゑひびくのべ(春)
小鳥鳴く ことりなき
草萌ゆる野辺 くさもゆるのべ
君や寿く きみやことほぐ(春)
鳥謡ふ とりうたふ
森辺の空 もりのべのそら
声や清けし こゑやさやけし(春)
小鳥鳴く ことりなく
萌ゆる草叢 もゆるくさむら
遠き思ひ出 とほきおもひで(春)
平成十九年十二月四日(火)
ともこ様
C「影も清かな円なる月」
花は散り はなはちり
野辺や山辺に のべややまべに
風吹けは かぜふけば
白雪舞ふや しらゆきまふや
― ―
春暮れて はるくれて
青葉若葉の あおばわかばの
萌え初むる もえそむる
牧場にはなお まきばにはなお
― ―
霞立ち かすみたち
諸鳥の声 もろどりのこゑ
聞こえ来る きこえくる
花散り初むる はなちりそむる
― ―
如月の きさらぎの
日も暮れ行けは ひもくれゆけば
枝越しに えだごしに
影も清かな かげもさやかな
― ―
円なる月 まどかなるつき
反歌 はんか
花は散り はなはちり
春暮れ行けと はるくれゆけど
霞立つ野辺 かすみたつのべ(春)
花盛る はなさかる
春の嵯峨野辺 はるのさがのべ
霞棚引く かすみたなびく(春)
花薫る はなかをる
故郷の野辺 ふるさとののべ
見ゆる富士の嶺 みゆるふじのね(春)
羽翼くや はばたくや
春暮るゝ空 はるくるゝそら
雁見ゆる夜半 かりみゆるよは(春)
平成十九年十二月四日(火)
春美様

