2007年12月11日

謹賀新年(平成20年01月01日)

新年明けましておめでとう御座います。私にとって昨年は大きな事件が二つありました。一つは、「一人四首の即興折句集」と「長歌折句集」という二つの詩歌形式を出発させたことです。二つ目は畏友・中村明氏が著書「技癢(ぎよう)の民―(日本人のアイデンティティ)」(西海出版、一五七五円)を出版されたことです。この著書の中で、私を前人未踏の文学分野を創設した即興詩人として紹介して下さっているからです。

中村明氏が一昨年開かれた奈良毅先生の講演会の講演資料の中でご紹介された著書の内容と、同氏の友人が新聞の「新刊紹介」用に準備した記事を紹介します。ご高覧下さいませ。西海出版へのご注文は 電話03−3687−0655、FAXは03−3279−2138です。送料は無料です。(返信1)「私は「戦後政治にゆれた憲法9条」(中央経済社)に続き、「象徴天皇制は誰がつくったか」というタイトルの本を著しました。二冊の本を書き上げた後、私は戦後の日本を日本国たらしめているのは憲法の「第一章」と「第二章」ではないかと考えました。つまり、政治秩序の形象としての象徴天皇制と民主制の併用という制度を採用し、国防の原則としては平和主義を世界に向かって発信する「憲法第9条」を固く守っていることではないかと考えました。それが日本の外面の原理の根幹であるならば、戦後日本の内面の原理、つまり「日本人のアイデンティティ」とは一体何だろうかと考えま
した。戦後日本の外面の原理と内面の原理が国民に深く理解されれば、それを踏まえての日本の針路は自ずと決まってくるだろうと思ったからです。戦後日本の内面の原理は何か、をテーマに取材を続け、事実を積み重ねていく中で、一つの結論にたどり着き、「日本人のアイデンティティ」論としてまとめたのが、「技癢の民(ぎようのたみ)―(日本人のアイデンティティ)」(西海出版)です。それが的を射たものであるかどうかは読者の判断を仰ぐだけですが、私にはこの結論に密かな自信があります。「日本人のアイデンティティ」についてはこれまでも多くの考察がなされていますが、一つの概念で示されることはありませんでした。そこで私は具体的な人物や客観的な事実を提示しながら「日本人のアイデンティティ」を一つの概念で表現してみようと考えたのです。この本の中で、奈良毅・東京外語大名誉教授の哲学体系を結語としながら、「日本人のアイデンティティ」を顕著に発揮
し、前人未到の業績を打ち立てた方々に登場してもらいました。ここでは、お二方を紹介させて戴きます。一人は、世界的な脳医学研究者・角田忠信・東京医科歯科大名誉教授と、もう一人は、歌人の宿谷睦夫・千葉日本大学第一高等学校教諭です。

角田博士は日本人を日本人たらしめている脳の働き、特に6歳から9歳の間に日本語の言語環境の中で育つと、脳幹のスイッチ機能の形成に大きな違いをもたらすことを発見された方ですが、本著ではその学説の概略を紹介させて戴きました。

宿谷氏は日本の伝統和歌を英訳するばかりでなく、在原業平の「唐衣着つつ慣れにし妻しあれば遥々来ぬる旅をしぞ思ふ」で有名な折句を、日本語では元より英語でも創作し、米国でその折句集「英語折句百人一首(100 tanka-acrositc poems for 100 people)」を出版されました。57577の音節を厳密に守った短歌の形式で英語折句を詠んだ詩人は歴史上宿谷氏が始めてのことであります。英国詩人カーカップ氏は、この形式を「短歌ロスチック」と命名し、宿谷氏にその創始者の名誉を与えました。本著の中で私は、奈良先生の哲学体系を「今、日本人にとって大切なものは何か」の結語と致しました。奈良先生は誰でもが理解出来る言葉でその哲学体系を述べておられます。本著では、奈良先生がこれまでに講演や講話、インタビューや論説やエッセー等で述べられてきた含蓄あるお言葉を整理し、体系化してみました。この結語を読むことによって、これから21世紀を成功裏に生き抜こうとする
人々、特に若い人々にとって大いなる人生の指針となるものと思っております。

「日本人のアイデンティティとは一体何か」を国民の一人ひとりが、とりわけ、日本の明日を担う若者たちが「概念」として明確に認識することになれば、生き方は一段と積極的で洗練されたものになると思います。私はこの書を若者たちへの応援歌として書いたつもりです。日本の未来、世界の未来を真剣に考える人にとって、座右の書となれればこれに尽きる幸いはありません。」(奈良毅講演資料より)

(返信2)「本書の帯に「平成の奇書」とある。元共同通信社記者の著者は好奇心旺盛で、東西ドイツ、ソ連、中国、台湾、フィンランド、ポーランドなどを訪れて、各民族のアイデンティティーを探ってきた。「日本人のそれは何か?」と考えた末、「技癢」という漢語に行き着く。森鴎外が小説「ヰタ・セクスアリス」で使っている言葉だ。「他人のするのを見て、腕がむずむずすること。自分の技量を示したくてもどかしく思うこと」(広辞苑)という、この耳慣れない言葉をキーワードに、聴覚から脳の言葉のメカニズムを知り、人間の本質を探ろうとする角田忠信・元東京医科歯科大学名誉教授、狩谷斎の文献学を発展させることに情熱を注ぐ梅谷文夫・一橋大学名誉教授、政治の道具にならず、筋の良い憲法九条解釈を追求する内閣法制局、シルバーエイジの人達でレーザ光を活用して新商品を開発する軽部規夫氏ら各階各層の人を取り上げ、日本人のアイデンティティは技癢であることを論証しようとしている。その思索の広がりに少し圧倒される。文字通りの奇書、希書だ。

紀貫之は「古今和歌集」の序文の中で「花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、歌を詠まないわけにはいかない」という内容のことを言っております。自然に対しての感動や感謝、さらには自然への賛美や賞賛、又その栄光を称える気持ちを言葉にしたものが歌になっていくのです。「万葉集」の中には短歌ばかりでなく、二百五十首を越える長歌が掲載されております。佐々木信綱は著書「歌のしおり」の中で、「歌は人の想ひより出るものなれば、想ひ余りある時は自ずから長くもなりゆくものなり。長歌は人の長き想ひを連ねたるものなり」と述べております。日本の歌の歴史を振り返ってみますと、「古今集」には「万葉集」の中にはあった長歌がすっかり姿を消しております。そして、室町時代になりますと、歌の主流は俳諧連歌へと移っていきます。そして、松尾芭蕉によって俳諧連歌の発句を独立させて、俳句が誕生していきます。今や日本の俳句人口は一千万人とも言われております。この詩歌形式の変遷は何が原因しているのでしょうか。それは佐々木信綱が「歌のしおり」の中で「長歌は人の長き想ひを連ねたるものなり」と述べているように、人の自然に対する想ひ、つまり自然に対しての感動や感謝、さらには自然への賛美や賞賛、又その栄光を称える気持ちが萎えてきてしまっているということだと思っております。明治時代、西洋の詩歌の影響を受けて島崎藤村は、万葉時代にあった長歌形式に準えた「千曲川旅情の歌」を作りました。私の長歌も「自然に対する長き想ひ」の復活に繋がればと思っております。前号の冬至号にて触れましたが、本号では一人四句の即興片歌折句集の第一号を掲載しました。しかも、「万葉集」の中に出てくる長歌の形式に準えてみました。今まで掲載してまいりました長歌は全て、長歌の後の反歌が短歌一首だけになっておりました。「万葉集」の中に出てくる長歌の後の反歌は短歌が四首も続くものがあります。柿本人麻呂の「東の/野にかぎろひの/立つ見えて/かえりみすれば/月傾きぬ」の歌も実は、長々と続
いた長歌の後の四首の反歌(短歌)の内の一首なのです。今回私がご紹介する形式は十七行(句)の長歌の後に、四句の片歌を配置してみました。この片歌折句集の最初を飾るのは、私が最初に折句を詠むようになった愛子内親王への歌です。

「技癢の民」―日本人のアイデンティティ(まえがき)

「戦後政治にゆれた憲法九条」を上梓した後、私は一九四六年の制憲議会の会議録を材料に「象徴天皇制は誰がつくったか」を世に問うた。二冊の本を書き上げた後、私は戦後の日本を規定しているのは憲法第一章と第二章ではないか。つまり、政治秩序の形象として象徴天皇制と民主制を併用し、国防の原則としては平和主義を世界に向かって発信する憲法9条を固く守っていることではないか、と考えた。

それが日本の外面の原理の根幹であるならば、戦後日本の内面の原理、つまり日本人のアイデンティティとは一体何だろう。戦後日本の外面の原理と内面の原理が国民に深く理解されれば、それを踏まえての日本の針路は自ずと決まってくる。戦後日本の内面の原理は何か、をテーマに取材を続け、事実を積み重ねていく中で、一つの結論にたどり着いた。それが的を射たものであるかどうかは読者の判断を仰ぐだけだが、私にはこの結論にひそかな自信がある。戦後の一時期、大抵の日本人は「自分とは何か、自分はどこに所属しているのか、一体何をしたいのか」という生きる目標や、目的意識を欠いたまま、ただ生きるために生きていた。が、一九六四年に海外旅行が自由化され(同年の日本人出国者数はわずかに十二万七千七百四十九人)、一九九〇年になると一千万人を超える人々――二〇〇一年には千六百二十一万五千六百五十七人――が観光やビジネスなどで海外に出かける頃から、欧米諸国
の街や人、商品、文化や暮らしぶりを自分の目で見るようになり、日本人にはノーベル賞などを受賞する傑出した人間は少ないが、恐らく民族としての総合力では世界で一,ニ位を争う優秀な種族ではないかと思い始めている。街の電気屋やカメラ屋の高級品コーナーに並ぶテレビビデオやカメラ製品はすべて日本製であり、日本の自動車はどこの国でも「壊れない」と人気が高い。オフィスには日本製のファクス、パソコンやコピー機があり、工場を訪れる機会のあった人たちは、日本の工作機械のオンパレードを見ることになり、日本企業が各国に進出し、現地で高い評価を得ていることを知るとみなわがことのように顔をほころばせる。こうした工業製品を作るためには、精密な部品が必要であり、その精密な部品をつくるためには鉄鋼、非鉄金属、石油化学工業が高度に発達していなければならないことなどに思いをめぐらすと、こうした素材産業の分野には優秀な日本企業が目白押しであることに気付き、「ものづくり日本」の底力に胸が熱くなったりしている。二〇〇五年春、姪の結婚披露宴に出席するため台湾の中の中信大飯店を訪れたとき、戦前の国民学校で日本語教育を受けたという老婦人(一九二八年生まれ)と隣り合わせになった。花蓮に住むという老婦人は流暢な日本語で、「日本人の先生は『愛に国境はない』と言っていました。これも何かのご縁ですね」と話しかけてきた。そして「日本のテレビを毎日、見ています。朝のNHKの連続テレビ小説とお相撲は必ず見ます」「日本人で台湾の国民学校を卒業した人たちは懐かしがってみな台湾に来ます」「戦争で日本は滅茶苦茶にされたのに。戦後の日本は大変な努力ですね」などと話した。恐らく、こうした出会いを多くの日本人が体験し、誰もが口にこそ出さないが、日本民族が総体としてかなり優れていることを事実として受け止め、自分もその民族の一員であることに対する密かな自信と誇りを感じているように思える。アイデンティティという言葉の定義については、本文の中で触れるが、
日本人ばかりでなく、ポーランド人やフィンランド人、ドイツ人など世界各国にはそれぞれいろいろな考えや志向性を持った人々がおり、それらの人たちを一括りにして「ポーランド人のアイデンティティはこうだ」というように概念として学問的に正確に論証することは難しい。

 しかし、いわゆる国民国家の中で大抵の人は、同一の言語を話し、その言語によって育まれた文化と歴史を共有し、「自分の存在意義は何か」「自分の人生の目的は何か」などについて考えながら自分の生きざまを検証している。誰もが国家の一員としてのアイデンティティと言われるものを持つ条件の中にあると言っていい。恐らくどこの国の人々も、自らのナショナル・アイデンティティとは何かを強烈に意識しているとは思えないが、それぞれの人がその国に所属することについての誇りや意義、喜びや悲しみを感じながら生きている。
 それは常に周りにいる他者を意識したもので、結果として倫理性の高い心のありようを模索している。それは長い歴史の中で育まれた一つの肯定的で崇高な国民気質のように思える。国民性や民族の特性を敢えて「一言で言えばこうだ」と言えるものがあるように思う。

 日本人のアイデンティティについてはこれまでも多くの考察がなされているが、一つの概念で示されることはなかった。そこで私は具体的な人物や客観的な事実を提示しながら日本人のアイデンティティを「技癢」と表現してみようと考えた。「日本人のアイデンティティとは一体何か」を国民の一人ひとりが、とりわけ、日本の明日を担う若者たちが「概念」として明確に認識し、誰もがその道のエリートになれることが分かれば、生き方は一段と積極的で洗練されたものになる。私はこの書を若者たちへの応援歌として書いた。この本を出版するに当たっては、奈良毅・東京外語大学名誉教授、角田忠信・東京医科歯科大学名誉教授ら多くの人たちからの温かい協力と励ましをいただいた。西海出版社の小川雅子さんはこの本の編集などについて終始細かな心配りをしてくださった。皆さんに心からの感謝を申し上げます。緑立つ二〇〇七年三月末日  中村

【技癢】他人のするのを見て、腕がむずむずすること。自分の技量を示したくてもどかしく思うこと(広辞苑)

平成二十年一月一日(月)旧暦霜月二十三日(元旦)


即興折句集(四七)(片歌編)一

@愛子内親王殿下に詠める片歌
あめやみて    As soon as the sun
いづるあさひに  rises after the rain stops,
ことりなきそむ(春)the birds begin to sing out.
(雨止みて/出る朝日に/小鳥鳴き初む)

あめあがり    The moon has risen
いづるやつきの  over the trees this evening
こずえはるけき(夏)after the shower has stopped.
(雨上かり/出るや月の/梢遥けき)

あさがほや    The dew drops upon
いづるかぜにぞ  the morning glory petals
こぼるあさつゆ(秋)have fallen in the cool breeze.
(槿や/出る風にそ/零る朝露)

あおぞらに    When I look up at
いづるしらくも  the sky, doves fly to and fro
こばとまへばや(冬)and small clouds have come out.
(青空に/出る白雲/小鳩舞へはや)


A恭子様に詠める片歌四句
きみまてば    While I wait for you,
よもしらみゆき  the day seems to have broken
うぐひすのこゑ(春)the warblers begin singing.
(君待ては/夜も白みゆき/鶯の声)

けさみれば    I wake up to find
ふくかぜゆする  lilies fluttering calmly
このゆりのはな(夏)in the cool bleeze this morning.
(今朝見れは/吹く風揺する/この百合の花)

けだかくも    The wild geese have gone
ふじのしらみね  beyond Mt. Fuji’s far peak
こゆるかりがね(冬)completely covered with snow.
(気高くも/富士の白峰/越ゆる雁音)

けさみれば    I wake up to find
ふるゆきさやか  the snow falling silently
このふゆののべ(冬)this early winter morning.
(今朝見れは/降る雪清か/この冬の野辺)


Bともこ様に詠める片歌四句
とりはなき    Birds sing merrily
もゆるわかばに  on the plain, where the green grass
こゑひびくのべ(春)comes out freshly this morning.
(鳥は鳴き/萌ゆる若葉に/声響く野辺)

ことりなき    I enjoy meeting
くさもゆるのべ  you early this spring morning,
きみやことほぐ(春)on which the grass is freshened.
(小鳥鳴く/草萌ゆる野辺/君や寿く)

とりうたふ    The birds sing clearly
もりのべのそら  high in the sky this morning
こゑやさやけし(春)over the deep, deep forest.
(鳥謡ふ/森辺の空/声や清けし)

ことりなく    When I hear the birds
もゆるくさむら  in the bushes with fresh leaves,
とほきおもひで(春)it reminds me of my childhood.
(小鳥鳴く/萌ゆる草叢/遠き思ひ出)


C春美様に詠める片歌四句
はなはちり    Although blossoms are
はるくれゆけど  fade on a late spring day
かすみたつのべ(春)the mist still hangs on the plain.
(花の散り/春暮れ行けと/霞立つ野辺)

はなさかる    On Sagano plain,
はるのさがのべ  where the cherry blossoms are
かすみたなびく(春)in full bloom, the mist rises.
(花盛る/春の嵯峨野辺/霞棚引く)

はなかをる    When I look upward
ふるさとののべ  from the plain in my village
みゆるふじのね(春)Mt. Fuji’s peak can be seen.
(花薫る/故郷の野辺/見ゆる富士の嶺)

はばたくや    The wild geese have gone
はるくるゝそら  away to their own country
かりみゆるよは(冬)high in the sky this evening.
(羽翼くや/春暮るゝ空/雁見ゆる夜半)


即興折句集(四七)片歌編 by Mutsuo Shukuya

@「若葉に鳥の鳴き謡う声」

雨止みて     あめやみて
故郷の野辺    ふるさとののべ
春立ては     はるたてば
影も明るく    かげもあかるく
―         ―
出る日に     いづるひに
青葉若葉の    あおばわかばの
萌え初むる    もえそむる
木々に小鳥の   きぎにことりの
―         ―
声清か      こゑさやか
故郷の野辺    ふるさとののべ
訪へは      おとのへば
木々に萌え初む  きぎにもえそむ
―         ―
さ緑の      さみどりの
若葉に鳥の    わかばにとりの
鳴き交ひて    なきかひて
空見上くれは   そらみあぐれば
―         ―
舞ひ昇り行く   まひのぼりゆく

反歌       はんか

雨止みて     あめやみて
出る朝日に    いづるあさひに
小鳥鳴き初む   ことりなきそむ(春)

雨上かり     あめあがり
出るや月の    いづるやつきの
梢遥けき     こずえはるけき(夏)

槿や       あさがほや
出る風にそ    いづるかぜにぞ
零る朝露     こぼるあさつゆ(秋)

青空に      あおぞらに
出る白雲     いづるしらくも
小鳩舞へはや   こばとまへばや(冬)

平成十九年十二月四日(火)

愛子内親王




A「鶯鳴くや春の曙」

君待ては     きみまてば
故郷の野辺    ふるさとののべ
春立ちし     はるたちし
空白みゆき    そらしらみゆき
―         ―
夜は明けて    よはあけて
遠近の庭     おちこちのには
梅の花      うめのはな
咲き綻へは    さきほころべば
―         ―
鶯の       うぐひすの
もとかしくもや  もどかしくもや
鳴きあかす    なきあかす
春の曙      はるのあけぼの
―         ―
声清か      こゑさやか
やかて日は落ち  やがてひはおち
夕闇の      ゆふやみの
迫れと梅の    せまれどうめの
―         ―
香やは隠るゝ   かやはかくるゝ

反歌       (はんか)

君待ては     きみまてば
夜も白みゆき   よもしらみゆき
鶯の声      うぐひすのこゑ(春)

今朝見れは    けさみれば
吹く風揺する   ふくかぜゆする
この百合の花   このゆりのはな(夏)

気高くも     けだかくも
富士の白峰    ふじのしらみね
越ゆる雁音    こゆるかりがね(晩秋)

今朝見れは    けさみれば
降る雪清か    ふるゆきさやか
この冬の野辺   このふゆののべ(冬)

平成十九年十二月四日(火)

恭子様




B「雪降る如く舞ふや花弁」

訪へは早や    とへばはや
若草萌ゆる    わかくさもゆる
故郷の      ふるさとの
野辺に鳴き交ふ  のべになきかふ
―         ―
諸鳥の      もろどりの
いと爽やかな   いとさはやかな
如月の      きさらぎの
春の曙      はるのあけぼの
―         ―
声響く      こゑひびく
故郷の野辺    ふるさとののべ
春暮れて     はるくれて
淡紅の      うすくれなひの
―         ―
櫻花       さくらばな
一叢風の     ひとむらかぜの
吹き初めは    ふきそめば
雪降る如く    ゆきふるごとく
―         ―
舞ふや花弁    まふやはなびら

反歌       はんか

鳥は鳴き     とりはなき
萌ゆる若葉に   もゆるわかばに
声響く野辺    こゑひびくのべ(春)

小鳥鳴く     ことりなき
草萌ゆる野辺   くさもゆるのべ
君や寿く     きみやことほぐ(春)

鳥謡ふ      とりうたふ
森辺の空     もりのべのそら
声や清けし    こゑやさやけし(春)

小鳥鳴く     ことりなく
萌ゆる草叢    もゆるくさむら
遠き思ひ出    とほきおもひで(春)

平成十九年十二月四日(火)

ともこ様




C「影も清かな円なる月」

花は散り     はなはちり
野辺や山辺に   のべややまべに
風吹けは     かぜふけば
白雪舞ふや    しらゆきまふや
―         ―
春暮れて     はるくれて
青葉若葉の    あおばわかばの
萌え初むる    もえそむる
牧場にはなお   まきばにはなお
―         ―
霞立ち      かすみたち
諸鳥の声     もろどりのこゑ
聞こえ来る    きこえくる
花散り初むる   はなちりそむる
―         ―
如月の      きさらぎの
日も暮れ行けは  ひもくれゆけば
枝越しに     えだごしに
影も清かな    かげもさやかな
―         ―
円なる月     まどかなるつき

反歌       はんか

花は散り     はなはちり
春暮れ行けと   はるくれゆけど
霞立つ野辺    かすみたつのべ(春)

花盛る      はなさかる
春の嵯峨野辺   はるのさがのべ
霞棚引く     かすみたなびく(春)

花薫る      はなかをる
故郷の野辺    ふるさとののべ
見ゆる富士の嶺  みゆるふじのね(春)

羽翼くや     はばたくや
春暮るゝ空    はるくるゝそら
雁見ゆる夜半   かりみゆるよは(春)

平成十九年十二月四日(火)

春美様
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2007年12月09日

冬至見舞状(平成19年12月22日)

冬至の候お見舞い申し上げます。前回の大雪(十二月七日)の候が過ぎ、はや冬至の季節を迎えました。

本年の年の瀬もいよいよ押し迫ってまいりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。本年はこの節季通信に掲載する私の詩歌の形式が一人四首の即興折句集を出発させた年になりました。また、ちょうど半年の六月からは長歌折句集も出発させました。いつまで継続出来るものかと思っておりましたが、今年最後になる本号まで継続させることが出来ました。さらに、来年の元日号には、一人四句の即興片歌折句集の第一号を掲載する予定です。この片歌折句集の最初を飾るのは、私が最初に折句を詠むようになった愛子内親王への歌です。お楽しみ下さい。前号大雪見舞状では奈良先生のお話を紹介しましたが、その中で「格差社会」の問題が話のきっかけとなりました。そこで、早速、元雑誌編集長・三宅啓一氏から貴重な意見を戴きました。それをここでご紹介します。また、畏友・中村明氏の著書「技癢(ぎよう)の民(日本人のアイデンティティー)」(西海出版・電話〇三[三六八七]〇六五五)への反応は好調でした。「感動して本屋に十冊注文しました」という便りが届きました。

大雪見舞状(返信1)現在の日本の社会を「格差社会」といっていますが、このいいかたは「差があって当然」というような筋違いの意見がでるなど、憂慮すべき事態を曖昧にしています。私は「貧困層増大社会」「貧乏人拡大社会」というべきと考えます。私が二年ほど前に体験したことを述べます。三十年余にわたって雑誌記者を生業とした私は社会的に価値のある資格、技術を持っていなかったので、さし当たっての生活のために就いた仕事が病院のパート清掃員でした。時間給八百五十円で実質の拘束時間は九時間弱であるが支払い対象は七時間。一日中二十キロ弱を歩き詰めの仕事は三日連続が限界。仕事を終えて帰り着くと、疲れをとるためにひたすら寝るだけ。丸太のように寝るという下りがビートルズのヒット曲「ア・ハードデイズ・ナイト」にありましたが、そのとおりでした。休診日を考えると月二十二日働くのが限界で月の支払いは十三万九百円。ここから源泉徴収をされ、年金、健康保険料を払うと、持ち家であっても一人が生活しかねる状態でした。さらに、われわれ雇用している会社はひ孫請け会社で作業現場には正社員は一人もいないうえ、作業員の一部は、中間マージンの搾取のためか、ひ孫請け会社の幹部社員を役員とする玄孫請け会社の雇用となっていたのです。清掃という仕事はその成果が簡単にわかり、仕事としてはやりがいを感じることもできると職種だと思いました。しかし、人ひとりの生活を保障しかねる支払額、そして不安定な雇用環境では、労働者として誇りをもつなどはできないこと。まして、歳若い人が将来の展望を持てるものではありませんでした。私が体験したようなことは、雇用形態の自由化により日本中でどこでも起きているように見えます。構造改革、自由競争、規制緩和……こういう目標が高邁な理想をかかげて展開されたものであったとしても、現実に引き起こされている事態は、人類が長い年月をかけて行ってきた「貧困からの解放」を破壊するものでしかなかったのです。近傍に月給二万円足らずで深夜残業もいとわない億単位の労働者を擁する国があるので、日本の企業にとって、廉価な労働力は不可欠だとしても、私は受けた賃金は重労働の見返りとしては余りに安かった。また企業所得から労働者への配分を減らすことを経営者の手柄のようにいう人までいるのです。これは、間違っています。かつての日本企業は常雇いの労働者=社員を中心にし、短期や季節的な変動に対応するために、臨時雇用の労働者を採用したのでした。しかし、雇用形態の自由化により、私の体験ではないが、正社員不在の現場が少なくありません。またそれを経営者は放置しているのが現状です。それをしておいて、最近の食品表示偽装事件のように不祥事があると「パートがやった」と責任逃れをするありさま。経営者、そして正社員の側からも、現在の貧困層拡大社会をなくする努力が行われないと、日本社会の崩壊、たとえば貧乏人の増加は確実に犯罪を増やし社会不安を拡大します。目先の企業経営指数、労働者としての既得権益にとらわれないで安定した雇用関係の拡大と賃金水準、なかでも下層に属する部分の底上げ――利益の再配分が日本の将来のためには急務と私は見ています。三宅啓一(元雑誌編集長)

前々号・小雪見舞状で掲載致しました英語スピーチコンテストに関することでは、大変貴重な意見を戴きました。全て、教育関係者からのものです。高校野球でも特待生制度が問題になりました。しかし、高野連はその特待生制度を承認する決定を出したようです。普通の学校ですと、運動部の指導には高校の先生が当たるものですが、力を入れた私立高校や市立や県立高校の中には、学校の専任の職員として指導者を雇用している処も少なくありません。短期間に学校の名声を轟かすのに役に立つことは間違い無いからです。かつて、勤務校でも野球部に力を入れていた時代がありました。その頃は甲子園には何度と無く出場したものです。しかし、実は弊害もあったのです。そこで、ある時からそれを中止しました。どんなに全国的に活躍しようとも特別扱いはしないことにしたのです。その後も、全国的なピアノコンテストで優勝したり、将棋で全国優勝するような優秀な生徒は入学して来ております。しかし、そのことで、偉ぶったり、特別扱いを要求する風潮はすっかり消えて、生徒達はそのような優秀な生徒のいることを誇りに思うようになっております。これが健全な学校の課外活動ではないかと思っております。

(返信2)宿谷先生、小雪見舞状有り難うございました。さて、今回先生の英語スピーチコンテストに関するご意見を拝読し、大変驚きました。順位付けの審査基準が主観的なものに流れやすいということもさることながら、「指導した先生の努力不足と判断して非難の目を向ける教師が少なくない」、「コンテストの結果に校長が激怒している。」という反応、しかも同僚英語教員の間でそのことがあからさまな非難の対象となると言うことに震撼しました。生徒の活動の評価を教師が受けるというのは私のメンタリティからは想像さえしたくない現象です。しかも校長が直接に言うのならいざ知らず(もっともその場合も決して許されるものではないと思いますが)、同じ教科の教員から「校長の言葉」として言われるなどということは言語道断でしょう。まして「教科主任」という立場の人はそのようなことを決して口にすべきではありません。逆の意味で立場をわきまえて欲しいと思います。校長、教科主任のまさにノブレスオブリージュの欠如と映ります。「長」「主任」などという役職の人は人一倍自らの人格の涵養に努め、日々それを省みるべきではないでしょうか?(高校国語科教師)
(返信3)宿谷先生、小雪見舞状有り難うございました。英語のスピーチコンテストのこと。審査員の主観や好みの問題。学校代表ということで指導教師が批判され、名誉とか面子が言われること。順位のみが独り歩きすること、ほんとうにゆがんでしまいますね。即興折句、各四首みごとで、長歌も豊かな情景を描いていますね。(和歌文学者)

今回の即興折句集の中には、立冬見舞状でお便りをご紹介させて戴いた「文語の苑」の会員で医学博士の稲垣直氏への歌を掲載させて戴きました。又、「文語の苑」の会長・岡崎久彦氏の秘書をされている野崎由美子氏への歌も掲載致しました。合わせて、ご笑覧下さいませ。

   平成十九年十二月二十二日(金)旧暦霜月十三日(冬至)


即興折句集(四六)by Mutsuo Shukuya

@藤田絢香様に詠める歌四首 平成十九年五月十日(木)C-11
あめやみて    When I look around
さがのののべに  the Sagano plain, on which
かぜふけば    the rain has just stopped,
やへのしだれの  the long branches laden with
はなはただよふ(春)blossoms flutter in the breeze.
(雨止みて/嵯峨野の野辺に/風吹けは/八重の枝垂れの/花は漂ふ)

ふじのはな When I go into
たがみまがふや my own garden this morning
あやにしき the wisterias,
やへにさやけく are all abloom at their best
かをるはるのひ(春)like a pretty China costume.
(藤の花/誰か見紛ふや/綾錦/八重に清けく/香る春の日)

あでやかに    When I go into
やへさくさくら  the garden, where Mt. Fuji
かぐはしき    can be clearly seen,
ふじあふぎつつ  I find the cherry blossoms
たづぬはなぞの(春)in full bloom at their best now.
(艶やかに/八重咲く桜/芳しき/富士仰きつつ/訪ぬ花園)

ふじのやま    When I look upward
たかねをはるか  over Mt. Fuji’s high peak
あでやかに    above in the sky,
やぐもははれて  from which the clouds have all cleared,
かがやけるつき(夏)the full moon shines brilliantly.
(富士の山/高嶺を遥か/艶やかに/八雲は晴れて/輝ける月)


A野崎由美子様に詠める歌四首 平成十九年十月十五日(日)
ゆりのはな    When I look upward
みればうるはし  high above to the blue sky
このゆふべ    standing on the plain,
のぞむそらには  where lilies are in full bloom,
さやかなるつき(夏)the clear full moon can be seen.
(百合の花/見れは麗し/この夕へ/望む空には/清かなる月)

さゆりさく    After the shower
さみだれあがる  has stopped so early this evening,
このゆふべ    when I look upward
ひさかたのそら  high above in the blue sky
つきあふぎみむ(夏)I find the moon shines brightly.
(小百合咲く/五月雨上かる/この夕へ/久方の空/月仰き見む)

のべのみち    It’s you, yourself who
さぎりたつよは  wouldn’t come on the path to
ゆふづきの    my cottage, from which
みゆるやまいほ  the moon can be seen brightly
こぬはきみかな(夏)even though a slight mist hangs.
(野辺の道/狭霧立つ夜半/夕月の/見ゆる山庵/来ぬは君かな)

ゆみはりの    Autumn has arrived;
やまこゆるそら  the clear half moon can be seen
あかきのべ    above in the sky,
つきかげさやか  when I watch upon the plain
はやあきはきぬ(秋)over the high mountain peak.
(弓張の/山越ゆる空/明かき野辺/月影清か/早や秋は来ぬ)


B山中慶子様に詠める歌四首 平成十九年十月十三日(土)
かすみけぶる   When I look upward
そらにいづるや  high above in the sky, where
やまごやの    a slight mist had hung,
よはのまどべに  from the window of my hut,
まどかなるつき(春)the moon can be dimly seen.
(霞煙る/空に出るや/山小屋の/夜半の窓辺に/円なる月)

みやまべに    When the mist rises
はなかをるあさ  in the deep mountain, on which
うちけむる    the cherry blossoms
かすみいづれば  are in full bloom this morning,
ひとひいこひぬ(春)I feel so relaxed all day long.
(深山辺に/花香る朝/打ち煙る/霞出れは/一日憩ひぬ)

やまのみね    When I look toward
ながむればはや  the peak of the high mountain
けだかくも    early this evening,
いづるやつきの  the bright full moon has risen
このあきのよは(秋)and shines so elegantly.
(山の峰/眺むれは早や/気高くも/出るや月の/この秋の夜半)

けだかくも When I look toward
こいしきつきの the high mountain both near and
てるこよひ    afar this moerning,
うちやまとやま  the full moon has just risen
うちながむれば(秋)high above in the blue sky.
(気高くも/恋しき月の/照る今宵/内山外山/打ち眺むれは)


C稲垣直様に詠める歌四首 平成十九年十月三日(水)
いなだにも When I look upward
かゆふあきかぜ  high in the sky this evening,
たそがれて    on which the cool breeze
たづぬやあかき  blows across the paddy field,
しろがねのつき(秋)the silver moon can be seen.
(稲田にも/通ふ秋風/黄昏て/訪ぬや明かき/白金の月)

たかきみね    Someone loses the sight
たがみまがふや  of the geese, which fly over
しろたへの    the high mountains and
いなだをこへて  visit my village now that
かりはきたりぬ(冬)all the fields are snow-covered.
(高き嶺/誰か見紛ふや/白妙の/稲田を越へて/雁は来たりぬ)

いなほおさめ When I look upward
かりのたづぬや standing in the paddy field,
きたぐにの where I find the geese
たのもにははや visiting from northern lands,
しろがねのつき(冬)the silver moon can be seen.
(稲穂納め/雁の尋ぬや/北国の/田面には早や/白金の月)

たかだかと    When I look upward
しろがねのつき  high above in the blue sky,
いでにけり    where the moon rises,
ながむそらには  a flock of the wild geese can be
きたるかりがね(冬)seen flying off this evening.
(高々と/白金の月/出にけり/眺む空には/来る雁音)


即興長歌折句集  by Mutsuo Shukuya


@「夕暮れの空円なる月」

雨止みて     あめやみて
春の初めの    はるのはじめの
朝ほらけ     あさぼらけ
小鳥囀る     ことりさへづる
  ―         ―
嵯峨野辺の    さがのべの
雨露残る     あまつゆのこる
若葉萌え     わかばもえ
木々に清かな   きぎにさやかな
―         ―
風吹けは     かぜふけば
若葉は揺れて   わかばはゆれて
若草も      わかくさも
頭を垂れむ    かうべをたれむ
―         ―
ここ彼処     ここかしこ
菜の花は咲き   なのはなはさき
蝶も舞ふ     てふもまふ
春雨は止み    はるさめはやみ
―         ―
風立ては     かぜたてば
雨露残る     あまつゆのこる
若葉揺れ     わかばゆれ
花咲き初むる   はなさきそむる
―         ―
櫻花       さくらばな
八重の枝垂れの  やへのしだれの
枝は揺れ     えだはゆれ
夕暮れの空    ゆふぐれのそら
―         ―
円なる月     まどかなるつき

 反歌       はんか

雨止みて     あめやみて
嵯峨野の野辺に  さがのののべに
風吹けは     かぜふけば
八重の枝垂れの  やへのしだれの
花は漂ふ     はなはただよふ

平成十九年十月二十日(土)

藤田絢香様




A「清かに照らす円なる月」

百合の花     ゆりのはな
咲く森辺に    さくもりのべに
風立ちて     かぜたちて
揺るゝ姿を    ゆるゝすがたを
―         ―
見詰れは     みつむれば
優し麗し     やさしうるはし
早乙女の     さをとめの
甘き香薫る    あまきかかをる
―         ―
この夕へ     このゆふべ
歩く姿や     あるくすがたや
浮ひ来る     うかびくる
空見上くれは   そらみあぐれば
―         ―
野辺照らす    のべてらす
円なる月     まどかなるつき
輝ける      かがやける
暫し佇み     しばしたたづみ
―         ―
清かなる     さやかなる
月眺む間に    つきながむまに
草叢に      くさむらに
虫鳴く声を    むしなくこゑを
―         ―
聞き初めは    ききそめば
故郷の野辺    ふるさとののべ
浮ひ来る     うかびくる
清かに照らす   さやかにてらす
―         ―
円な月の     まどかなつきの

反歌       はんか

百合の花     ゆりのはな
見れは麗し    みればうるはし
この夕へ     このゆふべ
望む空には    のぞむそらには
清かなる月    さやかなるつき

平成十九年十月二十三日(土)

野崎由美子様




B「虫の音聞こゆこの秋の夜半」

山の峰      やまのみね
遥かに高き    はるかにたかき
大空に      おほぞらに
明るき月の    あかるきつきの
―         ―
円なる      まどかなる
影は清けし    かげはさやけし
故郷の      ふるさとの
野辺に佇み    のべにたたずみ
―         ―
眺むれは     ながむれば
雲一つ無き    くもひとつなき
秋の空      あきのそら
円な月の     まどかなつきの
―         ―
影清か      かげさやか
故郷の野辺    ふるさとののべ
草叢に      くさむらに
虫鳴く声や    むしなくこゑや
―         ―
気高くも     けだかくも
聞きつゝ望む   きゝつゝのぞむ
山の峰      やまのみね
大空高く     おほぞらたかく
―         ―
出る月      いづるつき
眺むれは早や   ながむればはや
夜は更けて    よはふけて
虫の音聞こゆ   むしのねきこゆ
―         ―
この秋の夜半   このあきのよは

反歌       はんか

山の峰      やまのみね
眺むれは早や   ながむればはや
気高くも     けだかくも
出るや月の    いづるやつきの
この秋の夜半   このあきのよは

平成十九年十一月一日(木)

山中慶子様



C「雁音の群れ来る初冬」

高き嶺      たかきみね
故郷の野辺    ふるさとののべ
海岡辺      うみおかべ
立ちて仰けは   たちてあふげば
  ―         ―
誰惑ふ      たがまどふ
北国の果て    きたぐにのはて
遥々と      はるばりと
雁は来りぬ    かりはきたりぬ
―         ―
白妙の      しろたへの
初雪降りて    はtるゆきふりて
遠近の      おちこちの
稲刈り終えし   いねかりおえし
―         ―
稲田をは     いなだをば
越へて待ちにし  こへてまちにし
故郷の      ふるさとの
野辺に来にけり  のべにきにけり
―         ―
眺むれは     ながむれば
海川山辺     うみかはやまべ
岡辺にも     おかべにも
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
雁は来ぬ     かりはきぬ
初雪の降る    はつゆきのふる
野辺岡辺     のべをかべ
雁音の群れ    かりがねのむれ
―         ―
来る初冬     きたるはつふゆ

 反歌       はんか

高き嶺      たかきみね
誰か見紛ふや   たがみまがふや
白妙の      しろたへの
稲田を越へて   いなだをこへて
雁は来りぬ    かりはきたりぬ

平成十九年十月二十日(土)

稲垣直様
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2007年12月06日

大雪見舞状(平成19年12月7日)

大雪の候お見舞い申し上げます。前回の小雪(十一月二十三日)の候が過ぎ、はや大雪の季節を迎えました。

十一月十八日(日)、奈良先生の講演会がありました。お話の概要は次のような内容でした。現在日本はアメリカに習って経済活動の中に市場原理を導入するようになりました。すると、経済活動は活発になるかもしれませんが、当然国民の所得に格差が生じ、その生活には不安を持つ人が増えてまいります。そこで、そういう今の日本の現状の中で、奈良先生は二つのことを考えてみられたとのことです。一つは、この格差を如何に抑えるか。二つには、環境問題にどのように対応すべきかということです。この地球は二十年間の間に気温が〇、八度上がったそうです。しかし、人間の生活の変化による影響はたった二十%にも満たないもので、八十%の大半は太陽黒点による影響とか宇宙の変化によってもたらされたものだそうです。そこで、三番目には、このように人間自身にはどうしようも出来ない問題に人間はどう対処していったらいいかということを考えなければならないというのです。その一番の解決策は結局、「人間の生きる姿勢、心がけ、生き方」をどうするかが重要になってくるという話をされました。まず、自分がその生き方を掴み、そして、それを世界に発信していくということが必要になってくるのだということです。色々な方がお話をされた後、奈良先生はその結論を述べられました。世の中にある格差は無くすべきだが、差異は無くそうとしてもなくならないし、かえってそれはあった方がいいとのことでした。差異があることにより、人間は互いに活かし合うことが出来るというのです。赤ちゃんと母親の関係がまさにそれにあたります。人間がこの世の中で生存するためには、まず母親の世話にならなければなりません。また、母親は子供の世話だけをしているかというと、そうではありません。子供を世話することによって、生きる喜びを享受しているのです。この世の中何一つとして無駄なものは無いのです。そして、最後は心の問題を解決するところにくるということでした。つまり、「思いやり」や「慎み」が必要になってくるということでした。それは「もったいない」という言葉に象徴されるということでした。それは、互いに「差異」があっても、「共感」しあうことが大切であるということでした。先生は以前、人間は日々の生活に「喜び」と「感謝」を持ち、ことに当たっては自分の持っている「直感」に素直に応えて対処すれば幸福な生活を送ることが出来ると述べていたことがありました。この日のお話も、そこに落ち着いたようでした。さらに、以前から奈良先生がお話されていたことですが、これから人は、子供、婦人、身障者の生き方に見習って生きることが大切になり、そのような人達が世の中の指導者になっていくとも述べられました。子供や婦人や身障者という人達は、これまでとかく不自由さを強いられてきたというのです。すると、そこに大きな知恵が与えられ、それがこれからの世の中に大変貢献するようになっていくのだというのです。もう既に、星野富弘さんという人が世の中に光を与えています。星野さんは学校の体育の先生でした。鉄棒の模範演技を生徒に見せている最中、落下時点で首が鉄棒にあたって半身不随になってしまったのです。もう生きる望みも無く死を決意しました。しかし、母親の懸命な看病を受けていく内に、生きる望みを見出していくのでした。そして、最後には「自分はこのような運命になったことをただ恨むのではなく、かえって感謝をするようになった」と言っておりました。もし、自分にこのような境遇が与えられなかったら、自分は母親を「薄汚いおばさん」ぐらいにしか思わない最低な人間で一生を終えてしまっていたかもしれないというのです。母親の懸命な看病を受けて、星野さんは母親の深い愛を知ることが出来たというのです。今から二十数年まえのことだったと思います。

私は、奈良先生から星野富弘さんの著書「愛、その深き淵より」を勧められて読んだことがありました。奈良先生は星野富弘さんの生き方や心の持ち方は神界の人の生き方になっていると言っておりました。この本はどこの本屋さんでも置いてあるはずです。ご覧になりたい方は近くの書店で探してみたらいいと思います。

この日は、また、奈良先生が「二十一世紀における日本人の生きる道」を説いた内容が掲載されている本・中村明著「技癢の民(日本人のアイデンティティー)」が紹介されました。著者の中村明氏自らが本の紹介をされました。

私は以前(一九八〇年代)、創発懇談会という日本文化の研究会の事務局を担当しておりました。この一九八〇年代というのは日本が高度成長期にあった時代です。エズラ・ボーゲルというアメリカ人は「日本は世界でナンバーワン」といった本まで現した時代です。そして、数多くの日本人論が出版されました。私はそういった本の著者をお呼びして講演会を開いておりました。立冬号でご紹介したアメリカの三大日本研究家の一人・ボイエ・ディ・メンテ氏をお呼びしたのもこの頃のことでした。この会は日本の向かうべき方向を模索する試みでした。しかし、私には徐々に疑問が湧いてきていたのです。本が売れ、素晴らしい内容が書かれおり、その著者にお会いしても、これらによって日本の未来に明るい希望を与えることが出来るのだろうかと思うようになっていったのです。そこで、お話を伺う人を絞っていきました。そのお一人には世界的な脳医学研究者・東京医科歯科大名誉教授・角田忠信博士でした。先生から「日本は大地と言葉と天皇陛下が存続する限り滅びない」というお言葉を伺った時、私は心の底から安堵感がこみ上げてきました。日本人がこの安心感を持てば日本の未来は明るいと思いました。もうお一方は東京外語大名誉教授・奈良毅先生です。先生とは四十年来のお付き合いをしてきました。数万年前からの地球の過去を認識し、二千年先の未来を見据えた生き方をされている先生は、日本人としてではなく人間が生まれてきた目的を指し示して下さった方です。先生はご自身の一生を立体的に認識することが出来るお方です。それは俗に言いますと霊感や直感によるものです。しかし、その霊感や直感によらず、科学的にそれを立証することが出来る方がおられるということで、今から十数年前に角田忠信博士をご紹介させて戴きました。そして、この十数年、私と奈良先生と角田博士との対話が続いてまいりました。この度、「技癢の民(日本人のアイデンティティー)」を出版されました中村明氏はこの対話が始まって数年もたった時のことでありました。中村氏から「以前、宿谷さんが主催されていた創発懇談会のような集まりをもう一度持ちたいものですね」というお電話を戴きました。「もうあのような会は止めて、今は本当に日本の未来に希望を与える人達と定期的に会合を持っているのですよ」と申し上げて、中村氏を次に開かれる会合にご案内したのでした。夕食を共にしながらの数時間の会合を終えた次の日のことでした。中村氏から「宿谷さん!私はこれまでに二冊の本を出版してきましたが、私の三冊目の本のテーマが決まりました」と電話が掛かってきたのでした。その三冊目の本というのがこの度出版された「技癢の民(日本人のアイデンティティー)」だったのです。この本の中で、中村氏は私がこの二十年来意図してきた「日本の向かうべき方向」であり「心の底から安堵感を与える日本の明るい未来」を著述してくれております。

十一月十六日(金)、千葉県の高校英語教員を対象とする英語研究会に参加してまいりました。私が英語短歌を詠んでいる関係から、ライテイングの指導法を研究されている先生の研究発表を聞く分科会に参加してまいりました。発表の趣旨は「これまでのライテイングの指導というのは、まず英語を文法に従って書けなければなりませんので、英語の基本構文を繰り返し練習するということだけに終止していたきらいがあるのですが、それをいつまでも基本構文の練習に終止するのではなく、自分は何について英語で書きたいのかを生徒に喚起して、それを書かせることを車の両輪の如くして指導するのがよい」という提言でした。私はこれは大変良い動きだと思いました。厳寒のこの頃、ご自愛のほどを。

   平成十九年十二月七日(金)旧暦神無月二十八日(大雪)


即興折句集(四五)by Mutsuo Shukuya

@矢澤璃奈様に詠める歌四首 平成十九年四月十八日(火)
はるはきぬ    Spring seems to have come
はなさくあした  when I look to the inner
うちやまを    mountains, where blossoms
うちながむれば  have just now come into bloom
ことりなきかふ(春)and birds call to each other.
(春は来ぬ/花咲く朝/内山を/打ち眺むれは/小鳥鳴き交ふ)

やへざくら When I look around
けさみればはや the plain early this morning,
さくはなに many birds sing songs
もろどりきたりて from cherry trees now covered
さへづりなくや(春)with double-petaled blossoms.
(八重桜/今朝見れは早や/咲く花に/諸鳥来たりて/囀り鳴くや)

しらゆりの    When I climb into
さくはなみれば  the mountain to find the lilies
なつのやま    in bloom at their best,
きぎもさやけし  the leaves of trees can be seen
さぎりはるれば(夏)freshly after the mist clears.
(白百合の/咲く花見れは/夏の山/木々も清けし/狭霧晴るれは)

やまゆりの    I wake up to find
けさみればはや  the lily flowers in bloom
はなはさき    early this morning
とりもなきかふ  and hear the birds calling to
なつのもりのべ(夏)one another in the woods.
(山百合の/今朝見れははや/花は咲き/鳥も鳴き交ふ/夏の森辺)


A桐谷眞由様に詠める歌四首 平成十九年四月二十四日(火)
やへざくら Seeing that the time,
とりのさへづる when the cherry blossoms bloom
こゑきかば and the birds sing songs,
あさなゆふなに has arrived my village,
みとれるまどべ(春)I can watch and hear them now.
(八重桜/鳥の囀る/声聞かは/朝な夕なに/見惚れる窓辺)

まどかなる Now, the mists have gone
ゆふづきさやか and the moon rises clearly
さぎりはれ early this evening
みどりなすのべ over the green plain, on which
きみがやどりの(夏)stands the cottage where you stay.
(円なる/夕月清か/狭霧晴れ/緑なす野辺/君か宿りの)

ゆふされば When I look upward
やまのはのぼる the full moon has just risen
つきやみむ over the mountain,
ゆりさくのべは though mist still hangs this evening
きりのたてども(夏)on the plain where lilies bloom.
(夕去れは/山端昇る/月や見む/百合咲く野辺は/霧の立てとも)

きりはれて Even on the plain,
ゆりさかるのべ where lilies are at their best,
あきやたつ autumn has arrived;
つきもまどかに the full moon shines brightly and
きぎのはゆるゝ(秋)leaves flutter in the breeze.
(霧晴れて/百合盛る野辺/秋や立つ/月も円に/木々の葉揺るゝ)


B殿岡あずさ様に詠める歌四首 平成19年5月31日(木)
もろどりの When I wake to hear
こゑのどかにも many birds singing gaily
なくおかに from the window of
ふるあめやみて my cottage upon the hill
うちすずむあさ(夏)after the hard rains have stopped.
(諸鳥の/声長閑にも/鳴く岡に/降る雨止みて/打ち涼む朝)

あさとでに When I go onto
のべのおがはべ the plain of my village, which
こゑあはく the stream runs across
かはづなきそむ I hear the frogs calling to
ふるさとのなつ(夏)each other so quietly.
(朝戸出に/野辺の小川辺/声淡く/蛙鳴き初む/故郷の夏)

あめあがり When I look upward
もちづきいづる high above in the blue sky
ふるさとの after a shower
そらのへたかく over the plain this evening
かげおろがみむ(夏)the birght full moon can be seen.
(雨上り/望月出る/故郷の/空の上高く/影拝みむ)

あづまぢを When I go into
たづねてとほき my village on my way to
ふるさとの the east this morning,
おおぞらはれて the white deutzia flowers
かをるうのはな(夏)are all abloom at their best.
(東路を/訪ねて遠き/故郷の/大空晴れて/香る卯の花)


C福嶋弥姫様に詠める歌四首 平成十九年五月十一日(金)
ふくかぜに When I look around
しらゆりのはな the meadow in your village,
まきばをば many white lilies
みればさやけし are all abloom at their best
きみすまふさと(夏)in the gentle summer breeze.
(吹く風に/白百合の花/牧場をは/見れは清けし/君住まふ里)

みわたせば When I look around
まきばさやけき the green meadow, across which
かぜふきて the cool breeze flutters,
あまねくさける many azalea flowers
みやまきりしま(夏)are all abloom at their best.
(見渡せは/牧場清けき/風吹きて/遍く咲ける/深山霧島)

みあぐれば When I look upward
きみみるそらは with you, above in the sky
ふくかぜに the full moon appears
しらくもはれて as the strong wind blows away
まどかなるつき(秋)the clouds which had covered it.
(見上くれは/君見る空は/吹く風に/白雲晴れて/円かなる月)

ふじのみね Over the peak of
くもはれわたり Mt. Fuji, the moon rises
しろがねの above in the sky;
まどかなるつき it can be seen this evening,
みゆるにはさき(秋)when I stand in my garden.
(富士の嶺/雲晴れ渡り/白金の/円なる月/見ゆる庭先)


@「故郷の森月は円に」

白百合の     しらゆりの
花の咲き初む   はなのさきそむ
故郷の      ふるさとの
森辺は早や    もりのべははや
―         ―
清かなる     さやかなる
月影空に     つきかげそらに
仰き見む     あふぎみむ
雨の上れは    あめのあがれば
―         ―
いと清か     いとさやか
木々の葉に置く  きぎのはにおく
円なる      まどかなる
玉露見れは    たまつゆみれば
―         ―
打ち捧ぐ     うちささぐ
明かき月影    あかきつきかげ
眺め見む     ながめみむ
森辺に咲く    もりのべにさく
―         ―
百合の花     ゆりのはな
見れは清けし   みればさやけし
月影に      つきかげに
映えて真白な   はえてましろな
―         ―
百合は咲く    ゆりはさく
五月雨上る    さみだれあがる
夕暮れの     ゆふぐれの
故郷の森     ふるさとのもり
―         ―
月は円に     つきはまどかに

反歌       はんか

白百合の     しらゆりの
咲く花見れは   さくはなみれば
夏の山      なつのやま
木々も清けし   きぎもさやけし
狭霧晴るれは   さぎりはるれば

平成十九年十月十七日(水)

矢澤璃奈様




A「緑なす野辺円なる月」

円なる      まどかなる
故郷の野辺    ふるさとののべ
君住まふ     きみすまふ
庵に立ちて    いほりにたちて
―         ―
夕月の      ゆふづきの
いとも清けき   いともさやけき
影や見む     かげやみむ
空をも覆ふ    そらをもおほふ
―         ―
狭霧晴れ     さぎりはれ
木々の葉渡る   きぎのはわたる
諸鳥の      もろどりの
声騒かしき    こゑさはがしき
―         ―
緑なす      みどりなす
故郷の野辺    ふるさとののべ
訪ぬれは     たづぬれば
君か宿りの    きみがやどりの
―         ―
賤家に      しづがやに
立ちて久しく   たちてひさしく
空覆ふ      そらおほふ
狭霧は晴れて   さぎりははれて
―         ―
清かなる     さやかなる
月仰き見む    つきあふぎみむ
故郷の      ふるさとの
緑なす野辺    みどりなすのべ
―         ―
円なる月     まどかなるつき

反歌       はんか

円なる      まどかなる
夕月清か     ゆふづきさやか
狭霧晴れ     さぎりはれ
緑なす野辺    みどりなすのべ
君か宿りの    きみがやどりの

平成十九年十月十八日(木)

桐谷眞由様




B「鳥囀るを打ち惑ふ朝」

諸鳥の      もろどりの
故郷の岡     ふるさとのおか
野辺山辺     のべやまべ
降る雨止みて   ふるあめやみて
  ―         ―
声長閑      こゑのどか
囀りの声     さへづりのこゑ
聞こえ来る    きこえくる
晴れ渡る空    はれわたるそら
―         ―
打ち拝み     うちおがみ
耳を澄ませは   みみをすませば
長閑にも     のどかにも
揚雲雀等の    あげひばりらの
―         ―
鳴き交はす    なきかはす
声清かにも    こゑさやかにも
聞こえ来る    きこえくる
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
降る雨の     ふるあめの
音をききつつ   おとをききつつ
何時の間に    いつのまに
雨の上かれは   あめのあがれば
―         ―
打ち涼む     うちすずむ
君か宿りの    きみがやどりの
野辺の庵     のべのいほ
鳥囀るを     とりさへづるを
―         ―
打ち惑ふ朝    うちまどふあさ

 反歌       はんか

諸鳥の      もろどりの
声長閑にも    こゑのどかにも
鳴く岡に     なくおかに
降る雨止みて   ふるあめやみて
打ち涼む朝    うちすずむあさ

平成十九年十月十九日(金)

殿岡あずさ様




C「空見上くれは円なる月」

吹く風に     ふくかぜに
初夏の野辺    はつなつののべ
木々の葉の    きぎのはの
揺るる下には   ゆるるもとには
―         ―
白百合の     しらゆりの
花咲き初むる   はなさきそむる
故郷の      ふるさとの
若葉眩き     わかばまばゆき
―         ―
牧場には     まきばには
小鳥集ひて    ことりつどひて
囀りの      さへづりの
声冴え渡り    こゑさえわたり
―         ―
見渡せは     みわあたせば
遠近羊      おちこちひつじ
山羊子牛     やぎこうし
遊ひ戯る     あそびたはむる
―         ―
君住まふ     きみすまふ
故郷の野辺    ふるさとののべ
賤家の      しづかやの
庭に清かに    にはにさやかに
―         ―
咲き初むる    さきそむる
白百合の花    しらゆりのはな
香る夜半     かほるよは
空見上くれは   そらみあぐれば
―         ―
円なる月     まどかなるつき

 反歌       はんか

吹く風に     ふくかぜに
白百合の花    しらゆりのはな
牧場をは     まきばをは
見れは清けし   みればさやけし
君住まふ里    きみすまふさと

平成十九年十月十九日(金)

福嶋弥姫様



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2007年11月16日

小雪見舞状(平成19年11月23日)

小雪の候お見舞い申し上げます。前回の立冬(十月八日)の候が過ぎ、はや小雪の季節を迎えました。

十月三日(水)、日本大学本部で全付属高校の生徒代表が競う英語のスピーチコンテストが行われました。今回は勤務校の生徒を引率して参加するのも三回目になります。審査はこの二年、三人の同じアメリカ人の教授が行ってきましたので、前回の二回でその審査の特徴を掴んだつもりでおりました。しかし、今回は日本人の教授の審査員が二人加わりました。私が出した結論と大きく違いが出てまいりました。審査員の評価基準は@スピーチの内容と構成A発音・イントネーション・リズムB話し方と内容の理解度となっております。これはスピーチの全ての要素を含んでいるように見えますが、このようなコンテストではスピーチの中で現れるスピーカーが培ってきた品格や魅力といった面までは評価出来ないように思いました。このようなコンテストでは審査員の主観が大きく左右されることを否定することは出来ないと思います。ですから、上位に入賞した人を賞賛することにはやぶさかではありませんが、低い評価を受けたからといって落ち込むことは一向にないと私は思っております。しかし、このようなスピーチコンテストに取り組む教師の中には、審査結果を絶対視し、上位に入賞しなかったら、その生徒の努力はもちろんのこと、それを指導した先生の努力不足と判断して非難の目を向ける教師が少なくないのです。昨年は小嶋総長が直々に参加されて開会の挨拶をして下さいました。「ここに集まった皆さんは各高校から、難関を潜り抜
けて選ばれて生徒さんばかりだと思います。この大会では技能を競い合うだけでなく、英語を学ぶ喜びを共感していって下さい」というお言葉を戴きました。英語のスピーチコンテストとは、この小嶋総長の挨拶に含まれる精神で行われるものだと思っております。しかし、審査員の方が必ずしも正しい評価をしたのかも分からないにも関らず、「上位に入賞しなかったら、その生徒の努力はもちろんのこと、それを指導した先生の努力不足と判断して非難の目を向ける教師が少なくない」ということは由々しき事態であると思っております。

実は、数年前のことでした。あるコンテストに出場する生徒を指導した教師からこんなことを伺いました。母親にも引率してもらったこともあって、指導した生徒に対する評価はとてもよいものだったそうです。そこで、生徒に対して「英語の発音も優れたものがあるだけでなく、落ち着いて、間違もおかさず、途中途切れることもなくとっても良く出来たよ」と褒めてあげました。しかし、コンテストの結果は、その生徒は、二十位だったのです。下には何人も残っていなかったのだそうです。その教師は学校に帰るなり、最初の英語科の会議の席上、英語科主任の開口一番に放った言葉は、「このコンテストの結果に校長が激怒している。校長は『英語科の会議の席上でそれを言え』と言った」というものでした。「この教師の指導が悪かった」というのです。しかし、そのことを校長に確かめる気にもなれなかったというのです。本当であれば、校長に対して幻滅してしまうからだったというのです。そこで、彼は、自分の評価が間違っていたのか、このコンテストの審査員の評価が間違っていたのかを確かめるために、主催者に審査員別の審査結果の公表を迫りました。しかし、それは公示出来ないという話でした。そこで、
知己を得た数校の先生にお願いして、審査員別の審査結果を教えてもらったのだそうです。すると、上位入賞を果たした生徒より、彼の学校の生徒の方が審査委員長の評価は十点に近い点数まで高い評価点であることが判明したのだそうです。そこで、彼は「コンテストの評価結果が正しくない」と抗議をするつもりはまったくなかったそうです。彼はコンテストの結果というものは所詮絶対的なものではないと思ってきたからです。しかし、「このコンテストの結果に校長が激怒している」などと公の席で個人攻撃をするような自体になれば話は別です。何としてでも審査のあり方を開示して、納得のいくようにしたいと考えたそうです。

私はこの話を伺ってから、俳句や短歌の世界ですと主観に左右されることを考えて選者賞というのを設けておりますが、私は、この英語コンテストという分野でも審査員賞というのを設けてもいいのではないかと痛感しました。

私は、この英語コンテストで全く違った角度からスピーチを審査してみました。スピーチの中で現れるスピーカーが培ってきた品格や魅力といった面まで評価した審査です。今回、私の即興折句集に掲載された四人は私の評価基準に合格した人達です。勿論私の目から見た優秀な生徒は多数おりましたが、会場で即興折句を作って上げた生徒さん達の一部をここで紹介させて戴きました。この人達には私が昨年アメリカで出版しました「英文折句百人一首」を贈呈させて戴きたいと思っております。「この英文折句の分野はヨーロッパの歴史上でもまだ誰も試みたことのない分野である」とイギリスの詩人・ジェイムズ・カーカップ氏は語って下さり、この分野に「短歌ロスチック」という名前を命名して下さいました。そして、私をその創始者として、彼のエッセーの中で紹介して下さいました。私は大変光栄なことだと思っております。前号でご紹介しました畏友・中村明氏の著書「技癢の民(日本人のアイデンティティー)」の中で、私のことが、「技癢の民」の一人として、類まれな即興詩人として紹介されております。前人未踏の道を切り開いた多くの日本人の一人として紹介されております。是非ご覧戴ければと存じます。

(返信1)霜降見舞状、ありがとうございました。先生のお見舞状のおかげで、二十四節季の言い方もだんだん身についてくるかのようです。普段、まったく意識していないので、助かります。いつもながらのエネルギッシュな先生のお便り、本当に敬服いたします。私の方は、これからが、学会本番の季節で、しばらくはこれに翻弄させられそうです。どうか、よい十月をお過ごしください。それでは。(英文学者)10/14

(返信2)立冬見舞い状拝受致しました。今日の京都は昼から雨も上がり空気が冷たく「初冬」の感さえございました。そこへ先生からの「立冬見舞い状」が とどき、季節の移り変わりを味わうことが出来ました。関東地方では颱風の影響が甚だしいものであったようですが、ご身辺ご安泰でございましょうか。お見舞い申し上げます。欧米人の日本研究者は日本・中国韓国など東アジア世界を広く研究の対象としながら日本をお論じになりますので、日本にいて「東アジ ア諸国」を見る目と「国内」を見る目をわけてしまっている私達日本人の気づかない点をご指摘なさることが多いように感じます。つまり東アジアを一つの 「地域」として見る目をお持ちだということです。私達は「欧州」という地域の中でドイツ、フランス・・・などと見ることができますが、日本を含んで「東 アジア」というものを客観的に見、その中に日本、韓国・・・を位置づけることは難しく感じます。私は古代前期の日本文学を勉強の対象としていますのでこのことを痛感致します。(高校・国語科教諭)10/27

(返信3) 節季通信の霜降の号をありがとうございました。節季のささやきの微細な聴き取り、さすがと思いました。エデイット・ピアフをめぐる話題、しみじみ心をうたれました。もう三十年以上前、夜のラジオ放送の特集をテープで録音し、今も時々耳を傾けています。不思議な魅力がありますね。(和歌文学者)10/30

   平成19年11月23日(金)旧暦神無月14日(小雪)

即興折句集(44)by Mutsuo Shukuya

@川崎千奈美様に詠める歌四首平成十九年十月三日(水) (長崎)
かはかぜに When I look around
さきそむすみれ the plain, where the violets
ちどりとふ bloom in the breeze and
なくこゑさやか many birds sing together,
みどりなすのべ(春)their pretty songs can be heard.
(川風に/咲き初む菫/千鳥訪ふ/鳴く声清か/緑なす野辺)

かはべにぞ    On an afternoon,
さきさかるはな  when the cherry blossoms, now
はやちれど    past their peak, are scattered,
ひばりなきかふ  I hear the skylarks chirping
はるのひみつる(春)and watch the falling petals.
(川辺にそ/咲き盛る花/早や散れと/雲雀鳴く空/春の日満つる)

ちどりなく    When I look along
みずすむかはべ  the streambank, where many birds
かぜたてば    call to each other,
はなくれなひに  the cherry blossoms are in
さきみだれゆく(春)full bloom in the gentle breeze.
(千鳥鳴く/水澄む川辺/風立ては/花紅に/咲き乱れゆく)

ちよろづの    When a number of
なみよするはま  geese leave the shore, where the waves’
なくかりの    murmurs ebb and flow,
むれはばたくひ  I watch the cherry blossoms
はなはさきみつ(春)in bloom and hear their calling.
(千万の/波寄する浜/鳴く雁の/群れ羽翼く日/花は咲き満つ)


A杉山夏海様に詠める歌四首 平成十九年十月三日(水) (三島)
なつはきぬ Summer has arrived:
みずすむかはべ the clear full moon has risen
きぎのかげ when I look upward
やすむましばし standing upon the streambank
まどかなるつき(夏)after a nap in the breeze.
(夏は来ぬ/水澄む川辺/木々の陰/休む間暫し/円なる月)

なつかしき    When I watch the moon,
なみしずかなる  which shines brightly in the sky,
おときこゆ    it reminds me of
なれがやまいほ  the time when I was with you
つきみるまどべ(秋)listening to the gentle waves.
(懐かしき/波静かなる/音聞こゆ/汝か山庵/月見る窓辺)

すぎしひび    While I watch the moon,
やまべをながめ  which rises above the peak
なつかしむ    of the high mountain,
つきいづるやは  it reminds me of the night
みそむながかげ(秋)I saw it with you, my love.
(過きし日々/山辺を眺め/懐かしむ/月出る夜半/見初む汝影)

すぎおふる    Often do I watch
やまべにたちて  the moon shine in the blue sky
うちながむ    brightly and calmly
あかきつきかげ  standing upon the base of
やどりしみそら(秋)the mountain where cedars stand.
(杉生ふる/山辺に立ちて/打ち眺む/明き月影/宿りし美空)


B鈴木舞様に詠める歌四首 平成十九年十月三日(水) (日大一)
すむかはべ The full moon rises
すずむしのこゑ high above in the blue sky
きこえくる when I look upward
まつまもしばし standing upon the streambank
いづるもちづき(秋)hearing the insects chirping.
(澄む川辺/鈴虫の声/聞こえ来る/待つ間も暫し/出る望月)

すずかぜに    While listening to
すずむしのなく  the crickets singing fine songs
こゑきけば    in the gentle breeze
そらにまどかな  I find the full moon rising
もちづきいづる(秋)in the blue sky this evening.
(涼風に/鈴虫の鳴く/声聞けは/空に円な/望月出る)

まどかなる    Visiting my town,
いづるつきみむ  in which I’ve enjoyed watching
すずしよひ    the full moon shining
すずむしのこゑ  I hear the crickets chirping
きこゆむらざと(秋)in the cool breeze this evening.
(円なる/出る月見む/涼し宵/鈴虫の声/聞こゆ村里)

わがまどべ    When I look upward
つきいづるよひ  sitting beside the window,
そらすみて    I find the full moon
なくすずむしの  shining in the clear blue sky,
こゑきゝそむる(秋)hearing the crickets chirping.
(我か窓辺/月出る宵/空澄みて/鳴く鈴虫の/声聞き初むる)


C井原佳代様に詠める歌四首 平成十九年十月三日(水) (大垣)
かげさやか    Under the full moon,
こよひのそらに  which shines so brightly this evening,
つきいづる    the geese have arrived
かりやはばたき  in my village from the north
とふはむらざと(冬)to eascape the cold weather.
(影清か/今宵の空に/月出る/雁や羽翼き/訪ふは村里)

いづるつき Who calls me tonight
かはべにたちて from the sky in the distance,
みそらはるか where the moon rises
ながむかなたに when I look upward standing
たがわれよぶや(冬)on the streambank, I wonder?
(出る月/川辺に立ちて/美空遥か/眺む彼方に/誰か吾呼ふや)

つきいづる    Although the sky, where
そらはれゆけど  the moon has risen, is clear,
さくらちり    it seems to snow hard
はるかぜふけば  when the cherry petals are
ゆきよみだるや(春)scattered in the spring’s strong winds.
(月出る/空晴れ行けと/櫻散り/春風吹けは/雪よ乱るや)

はるかぜの    When I look upward
ふくよふけにぞ  in the sky where the moon shines,
つきいでて    the cherry petals
ちるはなみらば  are scattered so brilliantly
みそらゆきまふ(春)as if they were snow falling.
(春風の/吹く夜更けにそ/月出て/散る花見らは/美空雪舞ふ)


即興折句集(44) 長歌編  by Mutsuo Shukuya

@「故郷の山緑なす野辺」

川面渡る     かはもわたる
風の吹き初む   かぜのふきそむ
春初め      はるはじめ
野辺に菫の    のべにすみれの
―         ―
花は咲き     はなはさき
岸辺に生ふる   きしべにおふる
若草は      わかくさは
色艶やかに    いろあでやかに
―         ―
さ緑の      さみどりの
若葉は清か    わかばはさやか
萌え初めて    もえそめて
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
聞え来る     きこえくる
遠近の家     おちこちのいえ
その庭面     そのにはも
軒下を訪ふ    のきしたをとふ
―         ―
千鳥鳴く     ちどりなく
声は清かに    こゑはさやかに
聞え来る     きこえくる
空には雲雀    そらにはひばり
―         ―
鳴き交ひて    なきかひて
爽やかな声    さはやかなこゑ
聞え来る     きこえくる
故郷の山     ふるさとのやま
―         ―
緑なす野辺    みどりなすのべ

反歌       はんか

川風に      かはかぜに
咲き初む菫    さきそむすみれ
千鳥訪ふ     ちどりとふ
鳴く声清か    なくこゑさやか
緑なす野辺    みどりなすのべ

平成十九年十月三日(水)

川崎千奈美様




A「清かなるかな円なる月」

眺むれは     ながむれば
遥かな旅路    はるかなたびぢ
故郷の      ふるさとの
野辺山川に    のべやまかはに
―         ―
続く道      つづくみち
歩めは遠く    あゆめばとほく
懐かしき     なつかしき
川辺に沿ひて   かはべにそひて
―         ―
見上くれは    みあぐれば
木々の葉茂る   きぎのはしげる
木陰には     こかげには
蝉騒かしく    せみさわがしく
―         ―
涼風の      すずかぜの
吹き行く川辺   ふきゆくかはべ
暫しとて     しばしとて
足を止めむ    あしをとどめむ
―         ―
木々の陰     きぎのかげ
岸辺涼めは    きしべすずめば
微睡みて     まどろみて
暫しとてこそ   しばしとてこそ
―         ―
休む間に     やすむまに
夕暮の空     ゆふぐれのそら
山端に      やまのはに
清かなるかな   さやかなるかな
―         ―
円なる月     まどかなるつき

反歌       はんか

夏は来ぬ     なつはきぬ
水澄む川辺    みずすむかはべ
木々の陰     きぎのかげ
休む間暫し    やすむましばし
円なる月     まどかなるつき

平成十九年十月三日(水)

杉山夏海様



B「故郷の野辺円なる月」

澄む川の     すむかはの
流れも速き    ながれもはやき
岸に立ち     きしにたち
耳を澄ませは   耳をすませば
―         ―
鈴虫の      すずむしの
声清かにも    こゑさやかにも
水面経る     みなもふる
涼風共に     すずかぜともに
―         ―
聞こえ来る    きこえくる
日は落ち野辺に  ひはおちのべに
夕闇の      ゆふやみの
迫れは空に    せまればそらに
―         ―
円なる      まどかなる
清けき月の    さやけきつきの
昇り来る     のぼりくる
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
出る月      いづるつき
川辺に立ちて   かはべにたちて
聞こえ来る    きこえくる
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
清かなる     さやかなる
虫鳴く声の    むしなくこゑの
聞こえ来る    きこえくる
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
円なる月     まどかなるつき

反歌       はんか

澄む川辺     すむかはべ
鈴虫の声     すずむしのこゑ
聞こえ来る    きこえくる
待つ間も暫し   まつまもしばし
出る望月     いづるもちづき

平成十九年十月三日(水)

鈴木舞様



C「故郷の野辺円なる月」

影清か      かげさやか
故郷の野辺    ふるさとののべ
風吹けは     かぜふけば
雲無き空に    くもなきそらに
―         ―
小夜更けて    さよふけて
荻の葉揺する   おぎのはゆする
音聞きつ     おとききつ
仰き見すれは   あふぎみすれば
―         ―
月出る      つきいづる
雲無き空に    くもなきそらに
影清か      かげさやか
返り見すれは   かえりみすれば
―         ―
雁音は      かりがねは
月影の下     つきかげのもと
羽翼きて     はばたきて
遥かに越へむ   はるかにこへむ
―         ―
高き空      たかきそら
誰れ訪ぬるや   たれたづぬるや
群れなして    むれなして
故郷の野辺    ふるさとののべ

小夜更けて    さよふけて
苅田下りぬ    かりたくだりぬ
吾待ちし     われまちし
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
円なる月     まどかなるつき

 反歌       はんか

影清か      かげさやか
今宵の空に    こよひとそらに
月出る      つきいづる
雁や羽翼き    かりやはばたき
訪ふは村里    とふはむらざと

平成十九年十月十三日(土)

井原佳代様
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2007年11月04日

立冬見舞状(平成19年11月8日)

立冬の候お見舞い申し上げます。前回の霜降(十月二十四日)の候が過ぎ、はや立冬の季節を迎えました。

十月十四日(日)、前日の夜、中国経由で来日されたアメリカの著作家で畏友のボイエ・ディ・メンテ氏と有楽町にある外人記者クラブでお目にかかってまいりました。氏は中国の財界人に招かれて講演をされてきたとのことです。中国が今大きく発展しようとしているということは多くの人の知るところとなってきましたが、氏は十数年前に、中国に渡り中国とその文化を研究し、その成果を三冊の著書にまとめられておりました。香港にある出版社がその全てを中国語に翻訳し、出版していたのです。それは中国が今後どのように発展し、世界からどのようなものが供給されるべきかについて書かれていたようです。そこで、この度は、世界の二十二ケ国から三十人の航空会社の社長が招かれ、その会で二回の講演をされてきたのです。主題は「言語がその国の文化にどのような影響を及ぼすか」というものだったそうです。中国のような広い国土では鉄道よりも飛行機による輸送が急速な発展を促すための必須な要件であります。現在でも直ちに三〇〇〇機の飛行機の需要を必要としているのだそうです。そして、主要国からの飛行機の乗り入れが緊急の課題なのだそうです。世界の航空会社にとって見れば、それほど緊急な需要に即座に対応していいものなのかを躊躇するのが当然です。

しかし、将来中国はあらゆる面で急速に発展すること、それがどのような根拠に基づいているかを氏がその著書で中国人にも気付かないことまで述べていたのでしょう。数ある中国研究家の中からご指名を受けて中国に招待され、講演の為のご訪問されたようです。会議は北京で開かれたそうです。氏は文芸評論家のドナルド・キーンや源氏物語の翻訳家として著名なサイデン・ステッカーと並んでアメリカの三大日本研究家の一人ですが、今から十数年前、丁度、私と知己を得た前後のことですが、日本だけでなく韓国と中国の研究に没頭されていた時代がありました。この時の研究成果を数冊の本にまとめていたことは知っておりましたが、その時既に現在の中国の発展を著書の中で予告していたようです。それが、中国の財界人の目に止まって今回のご招待となったようです。私は氏の三十冊にも及ぶ日本研究の著書の内二冊を選んでその書評をバイリンガル月刊誌「プラザプラザ」に二年間に渡って連載しました。一冊は「日本化するアメリカ」という日本の美点を追求した本で、「アメリカは日本から何を学ばなければならないか」をアメリカ人向けに綴った本です。それに影響されてIBM社をはじめ多くのアメリカ企業が終身雇用制や年功序列制度を取り入れたと言われています。また、アメリカでは小学校教育の中で文章を書き始めさせる方法の一つに俳句を取り入れていることは有名ですが、そのヒントを与えたのがやはり氏でした。しかし、氏は日本のいい点ばかりを指摘し、アメリカに紹介しただけではありませんでした。ネガティブな側面も克明に分析しております。その著書が「型(日本の秘密兵器)」です。私はこの二冊の書評を書きました。日本は後進国でいる間は集団主義や勤勉さが大いに日本の発展に貢献しました。しかし、日本が世界から学ぶべきものが少なくなり、アメリカと並ぶ経済大国になってから、今までの美点がむしろ手かせ足かせとなっていきました。日本の集団主義は上司や経営者の命令には絶対服従である反面、利益は均等分割でなければなりません。アメリカと並ぶ経済大国になってからの日本は、上司や経営者の命令には絶対服従である社員だけでは世界の競争力に太刀打ちできなくなって来たのです。すると、才能を持った人を優遇しなければならなくなります。すると、平等主義に基づく集団主義は、其処に発生するネガティブな側面の一つに足の引っ張り合いが出てくるのです。「あの人はたいしたこともしないのに、自分より優遇されている」というような愚痴が発生してくるのです。その辺の部外者には理解し難い側面をも氏は見事に著述されているのです。日本でも日本がアメリカと並ぶ経済大国になってからの日本人のあるべき姿を著述した本が幾つか現れています。その内の一つが私が「プラザプラザ」というバイリンガル月刊誌で翻訳の連載をしております愛知県立大学名誉教授・加藤方寅著「新日本人論」です。一方、近年ベストセラーとなった御茶ノ水大学教授・藤原正彦著「国家の品格」です。この本の影響力は絶大だったと思います。私は著書を読んだばかりでなくホテルオオクラで開催された講演会にも参加してまいりました。そこで、指摘していたことは「自民党が推し進めている競争原理の導入が貧富の格差を拡大し、日本が破壊されていく」ということでした。著書は五十万部以上が売れただけでなく、講演会も満席でした。この啓蒙運動が全国に広がり、今度の参議院選挙で自民党の惨敗に繋がったのだと思っております。著書では日本人が本来の生き方を取り戻していくことを訴えております。

十一月十二日(月)、畏友の中村明氏が「技癢の民(日本人のアイデンティ
ティー)」を出版されました。著書の中では、世界的な脳医学研究者・角田忠信・東京医科歯科大名誉教授の科学的な裏づけに基づいて展開された日本人論が紹介されているばかりでなく、人生の根本問題である人間の永遠性について語り、私に人生どう生きるべきかを直接指導して下さいました東京外語大名誉教授・奈良毅先生の文明論が紹介されております。奈良先生は二十世紀までは通用したこれまでの日本人の生き方は二十一世紀からはそのままでは通用しなくなることが紹介されていますが、これは日本が岐路を迎えた最近になって新たに述べたものではなく、私が奈良先生に最初に出会った四十数年前から一貫して述べてきたものであります。この著書の中では言及されておりませんが、奈良先生は二一〇〇年の近未来において世界がどのように変化し、人はどのように生きるべきかをも既に説いているのです。その頃にはほとんどの人が住んでいない世界のことですが、当面日本人は何をすべきかをこの著書「技癢の民(日本人のアイデンティティー)」から学ばれることをお勧めいたします。

(返信1)宿谷先生、霜降見舞状有り難うございました。金木犀の香りは私の勤務校にもいっぱいに満ちております。おっしゃるように例年よりかなり遅いですが、異常な暑さとその継続は、人間の活動による地球温暖化だけが理由ではないということを知り、驚いております。確かに長い地球の歴史から言えば、今よりもっと 暑かった時期もあるのですから、人間活動以外の要因の方が大きいというお話し、納得致しました。今日生徒のボクシングの試合の付き添いで朝から京阪電車と近鉄電車を乗り継いで精華町下狛の南京都高校まで行ってきました。今日は開会式にだけ出席(勤務校の生徒の試合は明日)して帰ってきましたが、下狛のあたりの稲穂の様子に、つくづく秋を感じました。気温が高い状態が常態化していますが、太陽の光(の角度)は1000年前も今も殆どかわっていないわけですから、稲穂の輝きは昔と変わらぬ秋の色なのですね。明日は冷泉家の見学会に家内と二人で行く 予定でしたが、ボクシングの試合のため、私は断念せざるをえなくなりました。時節柄、先生のご健康をお祈り致します。

(返信2) 謹啓 先般は「文語の苑」懇親会にて拝眉、「人の名前を読み込んだ短詩を即座に造り上げる」といふ小生が今迄接した事の無い、不思議と云ってもよい才能に会して瞠目驚愕致しました。今回は更に念をいれた詩篇をお作り戴き、更にそれを英訳したものがそのまま詩になると云ふ絶妙の手腕を拝見して賛嘆の他ございません。(十五日受信)添へられた随筆も花鳥風月を謳ひつゝ自己の心境を語っていく有様は『徒然草』の再現を見る感あり。中に織込まれた詩歌も名工の腕の冴えを想はせるものばかりで、ただ努力さへすれば誰でも出来ると云ふものではなく、全く天賦の才能を感じさせます。今後も折に触れて珠玉の名編をお示し戴きたく存じます。取敢へずの御禮迄。(医学博士)

   平成十九年十一月八日(木)旧暦長月二十九日(立冬)

即興折句集(四三)by Mutsuo Shukuya

@田中和代様 平成十九年八月十日(金)
かはづなく When I go into
よはのたのもを the paddy field where frogs sing,
たづぬれば the rape-flowers fade
なのはなはちり and the geese have already
かりはさりゆく(春)flown away to their home town.
(蛙鳴く/夜半の田面を/訪ぬれは/菜の花は散り/雁は去りゆく)

かりがねや When I look upward
つままついほの high in the sky this evening
よはのつき from the cottage, where
たかだかかへる I wait for my love’s visit,
ながめせしまに(春)the geese fly across the moon.
(雁音や/妻待つ庵の/夜半の月/高々帰る/眺めせし間に)

たかきみね When I look upward
ながむればはや high above the mountain peak
つきかげの while I wait for you
きみまつなつの early on this cool evening
すずしこよひは(夏)the summer moon can be seen.
(高き峰/眺むれは早や/月影の/君待つ夏の/涼し今宵は)

たなばたの Whenever we meet
かげみるゆふべ together in the evening,
かはすらむ it reminds me of
すぎしむかしの memories of my childhood
よきひおもひで(秋)and of Vega and Altair.
(二星の/影見る夕へ/交はすらむ/過きし昔の/良き日思ひ出)


A井上愛子様に詠める歌四首 平成十九年五月十日(木)
あふぎみれば When I look upward
いこいたわむる many birds are calling to
のべのとり each other these days,
うららなるはる on the grand plain, where the trees
えだになきかふ(春)stand upon the fresh green grass.
(仰き見れは/憩ひ戯る/野辺の鳥/うららなる春/枝に鳴き交ふ)

あいらしき The plum blossoms, which
こいむれおよぐ are standing by the stream where
のべのかは a lot of carp swim,
うめさきそむや seem to have come out just now;
えだにうぐひす(春)as warblers sing on their twigs.
(愛らしき/鯉群れ泳く/野辺の川/梅咲き初むや/枝に鶯)

あめあがり As I take a rest
いこふゆふべの on the plain of Kai, where
かいののべ the rains have just stopped,
くもやうかべど I watch the moon shining
みかげみえけり(夏)in spite of the floating clouds.
(雨上かり/憩ふ夕への/甲斐の野辺/雲や浮かへと/御影見えけり)

そらあふぎ As I stroll onto
つきいづるころ the plain around the evening,
なきいづる when the moon rises,
むしのうはかぜ I hear the insects chirping
みこゑまがひて(秋)mixed with the sound of the breeze.
(空仰き/月出る頃/鳴き出る/虫の上風/御声紛ひて)


B長坂美咲様 平成十九年四月十九日(木)
みねはるか When I look upward
けさなくとりの the mountains in the distance
こゑきゝつ and hear the birds sing,
うちながむれば I find the cherry blossoms
はなさきさかる(春)are in full bloom this morning.
(峰遥か/今朝鳴く鳥の/声聞きつ/打ち眺むれは/花咲き盛る)

ながむれば When I walk into
さかるさくらの the temple in Sagano,
みゆるのべ where cherry blossoms
さがののこでら are all abloom at their best,
きこゆとりのね(春)I hear the birds singing songs.
(眺むれは/盛る桜の/見ゆる野辺/嵯峨野の小寺/聞こゆ鳥の音)

ながむれば When I look around
さがのののべに the grand plain of Sagano,
さきみだる where cherry blossoms
やへのさくらに are all in bloom at their best,
ことりなきかふ(春)the birds call to each other.
(眺むれは/嵯峨野の野辺に/咲き乱る/八重の櫻に/小鳥鳴き交ふ)

みあぐれば    When I look upward
さきそむはなに  the birds sing their merry songs
なくことり    among cherry trees;
かさなるえだを  do they count the number of
かぞへとびかふ(春)their fine branches, I wonder?
(見上れは/咲き初む花に/鳴く小鳥/重なる枝を/数え飛ひ交ふ)


C藤澤美穂様 平成十九年五月七日(月)
ふじのやま While I look toward
さくらのさかる Mt. Fuji on a spring day
はるなれや when cherry blossms
みあぐるみねに are in full bloom, I find stars
ほしのまたたく(春)twinkling bright over the peaks.
(富士の山/櫻の盛る/春なれや/見上くる嶺に/星の瞬く)

ふじのはな The skylarks call to
さきそむあした each other in the blue sky
はれわたり early this morning,
みそらにひばり while the wisterias are
ほのかなるかげ(春)now abloom in my garden.
(藤の花/咲き初む朝/晴れ渡り/美空に雲雀/仄かなる影)

ふるさとを Whenever I long
しのべばはるか for the sight of my village,
さくらさく it reminds me of
はるもうららな the cherry blossoms abloom
みほのむあざと(春)on the plain in Miho town.
(故郷を/偲へは遥か/櫻咲く/春も麗な/三保の村里)

ふゆたちし When I look around
けさのおがわべ the rivers in the meadow
しもはおり standing on their banks,
みなもみすれば upon which lies a slight frost,
うすくこほれり(冬)they have iced up this morning.
(冬立ちし/今朝の小川辺/霜は降り/水面見すれは/薄く凍れり)


即興折句集(43) 長歌編  by Mutsuo Shukuya

@「櫻咲く野辺まん丸の月」

蛙鳴く      かはづなく
田面に春は    たのもにはるは
暮れゆきて    くれゆきて
畦道歩く     あぜみちあるく
―         ―
夜半の空     よはのそら
まん丸の月    まんまるのつき
影朧       かげおぼろ
去年の夕へに   こぞのゆふべに
―         ―
訪ね来し     たづねきし
雁音の群れ    かりがねのむれ
今宵また     こよひまた
故郷の野辺    ふるさとののべ
―         ―
菜の花の     なのはなの
既に散り行く   すでにちりゆく
野辺川辺     のべかはべ
櫻咲く夜半    さくらさくよは
―         ―
雁音の      かりがねの
群れは挙りて   むれはこぞりて
故郷の      ふるさとの
野辺山川に    のべやまかはに
―         ―
去り行きぬ    さりゆきぬ
蛙鳴く夜半    かはづなくよは
櫻咲く      さくらさく
野辺に今年も   のべにことしも
―         ―
まん丸の月    まんまるのつき

反歌          はんか

蛙鳴く      かはづなく
夜半の田面を   よはのたのもを
訪ぬれは     たづぬれば
菜の花は散り   なのはなはちり
雁は去りゆく   かりはさりゆく

平成十九年八月十日(金)

田中和代様



A「野辺の諸鳥枝に鳴き交ふ」

仰き見れは    あふぎみれば
春の初めの    はるのはじめの
野辺山辺     のべやまべ
岡辺は麗     おかべはうらら
―         ―
出る日の     いづるひの
光も長閑     ひかりものどか
昼下かり     ひるさがり
小鳥鳴き交ふ   ことりなきかふ
―         ―
声清か      こゑさやか
魚住む川の    うをすむかはの
岸辺には     きしべには
若草萌えて    わかくさもえて
―         ―
憩ふ蝶      いこふてふ
菜の花初め    なのはなはじめ
菫咲く      すみれさく
花を渡れは    はなをわたれば
―         ―
野辺の鳥     のべのとり
若葉萌え初む   わかばもえそむ
木々の枝     きぎのえだ
大空舞ひて    おおぞらまひて
―         ―
麗なる      うららなる
春は来にけり   はるはきにけり
野辺山辺     のべやまべ
諸鳥集ひ     もろどりつどひ
―         ―
枝に鳴き交ふ   えだになきかふ

反歌       はんか

仰き見れは    あふぎみれば
憩ひ戯る     いこいたはむる
野辺の鳥     のべのとり
麗なる春     うららなるはる
枝に鳴き交ふ   えだになきかふ

平成十九年九月十一日(火)

井上愛子様



B「散り舞ふ花の影の清けき」

峰遥か      みねはるか
内山越へて    うちうやまこへて
外山越へ     とやまこへ
奥山並へて    おくやまなべて
―         ―
咲き盛る     さきさかる
櫻の花は     さくらのはなは
白雲と      しらくもと
棚引く山に    たなびくやまに
―         ―
聞こえくる    きこえくる
諸鳥の声     もろどりのこゑ
音清か      おとさやか
その声聞きつ   そのこゑききつ
―         ―
眺むれは     ながむれば
淡紅の      うすくれなひの
花影は      はなかげは
故郷の山     ふるさとのやま
―         ―
霞立ち      かすみたち
目には清かに   めにはさやかに
見えねとも    みえねども
花咲き盛る    はなさきさかる
―         ―
櫻花       さくらばな
一叢風の     ひとむらかぜの
吹き初めは    ふきそめば
散り舞ふ花の   ちりまふはなの
―         ―
影の清けき    かげのさやけき

 反歌       はんか

峰遥か      みねはるか
今朝鳴く鳥の   けさなくとりの
声聞きつ     こゑききつ
打ち眺むれは   うちながむれば
花咲き盛る    はなさきさかる

平成十九年九月十八日(火)

長坂美咲様



C「見上くる嶺に星の瞬く」

富士の山     ふじのやま
遥かに望む    はるかにのぞむ
白峰の      しらみねの
裾野に櫻     すそのにさくら
―         ―
盛る今日     さかるけふ
野辺に若草    のべにわかくさ
萌え盛り     もえさかり
木々に小鳥の   きぎにことりの
―         ―
春なれや     はるなれや
囀りの声     さへづりのこゑ
鳴り止まぬ    なりやまぬ
夕暮れの空    ゆふぐれのそら
―         ―
見上くれは    みあぐれば
朧に昇る     おぼろにのぼる
望月の      もちづきの
影見る野辺は   かげみるのべは
―         ―
仄々と      ほのぼのと
見る人の目を   みるひとのめを
慰めむ      なぐさめむ
櫻の花の     さくらのはなの
―         ―
盛る今日     さかるけふ
月と共にや    つきとともにや
星影を      ほしかげを
望む庵に     のぞむいほりに
―         ―
待つは汝影    まつはながかげ

反歌       はんか

富士の山     ふじのやま
櫻の盛る     さくらのさかる
春なれや     はるなれや
見上くる嶺に   みあぐるみねに
星の瞬く     ほしのまたたく

平成十九年九月十八日(火)

藤澤美穂様
posted by 英文短歌 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌便り〜折句〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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